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クズ原稿

〜ホノルル発〜

自宅待機で暇を持て余していたティーンエイジャーの娘が、サークルを立ち上げた。

小学生のころ、将来の夢を聞かれると「アタシ大統領になるからさ」と言い放っていた彼女だが、ほんのちょっと歳を取って、CNNとかNHKニュースとかを観て、「まったく不公平な世の中だぜ」と愚痴る母親を見続けてきて、「デカすぎた夢」に気づきはじめたらしい。

最近ではトーンダウンして、女性実業家になって私にベンツを、夫にフェラーリを買ってくれると言っている。ありがとう。

そんな彼女が、女性の社会進出を応援する(クラスメートの男子が一瞬引いてしまうような)サークル活動を、社会科の先生の協力の下、発足させた。

どんな活動なのかというと、様々な分野で活躍している女性を招いて経験談などを伺い、参加者からの質問に答えてもらう、いわばオンラインサロンのようなものだ。インスタでクラスメートに参加を募ったら、同じ学校の女子生徒20人ほどが集まったらしい。

「遠隔授業の合間のランチタイムを利用し、1週間に1人か2人の予定で開催しよう」と、”先生が”めっちゃ張り切っているという。

最初のゲストは、名門のマサチューセッツ工科大学を卒業したエンジニアで、3Dプリンターやスキャナーといった工作機械を備えた娘の学校の「Fab Lab(工房)」の責任者を務める女性だった。紆余曲折の人生と難しそうな工学の話をユーモアたっぷりに説明していた。

そして2人目のゲストは先生の知り合いで、ハワイで生まれ育ち、現在はロサンゼルスで俳優、プロデューサー、監督、シナリオライターとして活躍する元気いっぱいの女性だった。

現在に至るまでの経緯や挫折、成功体験などを聞いたあと、質疑応答に入った。書くことの楽しさを説いていた彼女に、(立ち聞きしていた)私はどうしてもあることを聞いてみたくなった。

そして娘のスマホにテキストメッセージを送った。

「ライターズブロックを克服する方法を聞いてくれ」

終了近くになって、娘は「これはライターの母からの質問なのですが…」と余計なことを言い、「ライターズブロックに悩んだ経験はありますか。もしそうなら、どのように克服しましたか」と尋ねてくれた。

「イエース、イエース(わかるわ〜、あれ辛いよね〜という感情を込め…たぶん)」と頷くと、「クズ原稿をどんどん書くことです」と彼女は言った。「ゲロ原稿とも言うわね」と。さすがライター、言葉のチョイスがエグい。

自分は何を書きたいのか、どういう風に書けば人の心をつかめるか…そんなことを頭の中で考えていないで、思ったことを吐き出してみる。「コンピューターの前に座って、キーボードを叩いて、思いのままにとりあえず文章を綴っていくんです。私はそれをクズ原稿とかゲロ原稿とか呼んでますけど」。

奇才でない限り、とにかく書いては直し、書いては直しを繰り返していく。そうするうちに本当に伝えたいものが出来上がっていく。ライターという仕事はそれに尽きる、と。

会社勤めの編集者を辞め、フリーランスのライターになった私は、「ベストセラー作家になるぞ」「直木賞をとって、母の大好きな『徹子の部屋』に出るぞ」とデカすぎた夢を抱きながら、ああでもない、こうでもないとずっと頭で考え続け、気づいたら7年という時が過ぎていた。

クズ原稿(個人的にはゲロ原稿のほうが好きだ)という存在を知った私は、さっそくその晩、コンピューターの前に座り、7年ぶりに仕事以外の文章を綴っている。








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