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君の名前



 不思議な記憶がある。夢かと思った。夢かもしれない。
けれど、確かに君は存在するらしい。

 祖母の家の近く、どこかの家のガレージ。
赤色の三輪車、黄色のホッピング、青色の風鈴、差し込む日差し、フィルターのかかった視界、白いTシャツを着た君。
三輪車の車輪が、カラカラと音を立てて回る。
ホッピングが、カシャカシャとバネを伸び縮みさせる。
風鈴が、音もなく色の無い短冊を揺らして、ガラスに光が反射する。
白いTシャツの君が、何かを呟いて、ガレージの床からふわりと浮いた。僕に手を伸ばす。
僕は君の手を掴んで、ふわりと浮く。
ガレージの中、決して高くない天井のスレスレを飛んで、君と2人、重力を手放した。身体が軽い。ただ優しい君と時間。
けれど、絶対に外には出ない。
ガレージのシャッターは開いているのに、このまま外に出れば、青い青い大空を、際限なく飛んで遊べるのに。
僕と君は、きっと、幼かったんだ。

 それでも良かった。君と、この狭い、どこかのガレージで、手を繋いでクルクルと赤黄青の上を回る。
君は笑ってた。白いシャツの裾を、ヒラヒラと風に遊ばせて。
君の手は温かかった。真夏の日差しより優しい、柔い熱だった。
君の声は白かった。耳に入った瞬間に、頭に意味だけ残して溶けていく。

 君の名前は、君の名前は。



 祖母は、僕とよく遊んでくれた近所の子どもが居たと、ガレージで遊んでいたと言った。
あの日、あの狭い真夏のガレージで、君の記憶を僕に残した白いTシャツの君。
名前が、浮かんでは消える君。

 祖母から君の名前は聞かなかった。

 確かに存在する名前も知らない君と、いつかまた出会ったとき、もう一度浮かべるんじゃないかって思うんだ。今度は、大人になった僕達は、大空を飛べたらいい。
そのとき、君の名前を聞くよ。

 君の名前を合言葉に、僕らはきっと、空を飛ぶ。





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