いいものを知ることで、いいものを生み出せる
「いいものを知っていないと、いいデザインはできない」
これは私が休学をする前、通っていた大学の他学科の授業に潜入して受けた、デザイン概論の講義で耳にしたこと。
この話をしてくれたのは、主に「土」の研究をしている建築デザイン学科の先生。丸みのあるショートヘアにメガネ。雰囲気も、話し方も、ほわっとしている女性です。
*
「みなさんにはぜひ、少し背伸びをしてでも、一度はいいものに触れる体験をしてほしいんです。」
その日の授業の冒頭で、彼女は私たちにそう私語りかけ、話を続けました。
彼女がまだ学生だった頃、ずっと憧れだったオーストリア出身の建築デザインアーティストがいたらしく。学校を卒業するまでに、どうしてもその人に会ってみたくなった彼女は、オーストリアへ渡航する予定を作ったのだそうです。
滞在期間中になんとか会えないだろうかと、思い切ってメッセージ(アポ)を送信。しかし、相手はとても多忙な方で、全くと言っていいほど音沙汰はなく…..
「会うことができないのは惜しいけれど、またとないオーストリアへ足を運ぶ機会。せっかくならば、現地の建築をたくさん見てこよう。」
と、諦めてそう思っていた矢先、
ピコンッ
とメッセージが!
そこには「わざわざメッセージをありがとう」というお礼と、もしよければうちに泊まっていきませんか、というお誘いが記されていたそうで….!!
なんとご本人に会えるだけでなく、その人がデザインを手がけた自邸に、運よく宿泊させてもらえることになったそうです。
そんな、建築が好きな人にはたまらない、なんともうきうきする展開に心を躍らせつつ、その日を除く残りの滞在期間に宿泊するホテルを探していた彼女に対して、教授が投げかけた言葉が冒頭の一文でした。
「いいものを知っていないと、いいデザインはできない」
それと同時に、
「せめてホテルは、いいところに泊まっておきなさい」
と、口を酸っぱくして言われたのだそうです。
はじめは、安価な宿を見つけることができる某サイトで予約をしようと考えていた彼女。しかし、その言葉を受けて考えを改め、奮発して5つ星のホテルに泊まることを決意しました。
「いい建築物には、いいデザインが潜んでいます。
それはもちろん、はたから見ているだけでも気づけることはありますが、実際にじっくりと見て、手で触れて、使ってみなければ気づけないことが、たくさんたくさんあります。
ホテルのドアノブに手をかけた時の、ひんやりとした質感。
でも全く嫌にならず、なぜか手に馴染む、不思議なフィット感。
部屋に入った瞬間に出会う、思わず深呼吸したくなるような木材のかおり。
ふかふかのベッドで眠りにつき、目覚めた時の身体の感覚….
ぜひみなさんにも、それらを体験してほしいんです。」
私は、そんな彼女の話にくぎづけでした。
別に、ずっとモヤモヤしていたわけでもないけれど、なんとなくモヤがかっていた雲が晴れ、なにかしっくり来た。そんな、不思議な感覚になりました。
それと同時に、脳裏にパッと浮かんできたのは、これまで自分が体験したいくつかの出来事。
愛してやまないアーティストの音楽を、生で、この身を以て体感したとき。
何十万円のアコースティックギターを、ポロンと弾いてみたときの音。
美術作品を遠目で見た時と、近づいて見た時とで見える景色が全然違ったとき…
この時思い出したのは、芸術に関連した出来事が多かったけれど、、
「いいものを知らないと、いいものはできない」
いや、ちょっと言葉を変えて、「"いいもの"という感覚を身体が知っているからこそ、いいものを作ることができる」ということなのか、と思ったのでした。
その積み重ねが、自分の感性や感覚を磨き、オリジナリティが生まれていくのかな。
ちょっと手を伸ばさなければ届かないものも、縁もゆかりもないものとは思わず、たまには背伸びをしていいものに触れる機会を作ろう。
その体験がきっと、人生を豊かにするスパイスになるから。
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