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君だけを

「愛」の構成要素の一つに代替可能性のなさを挙げることができると思う。

家族でも恋人でも、人間以外に対しても、とにかく、この関係性を作る相手は何者(何物)にも代えることができない、という感覚が「愛している」の中に含まれているように思う。

けれど、この世に本当に代替可能ではないものはあるのだろうか。

永遠に続くと思っていた関係が終わり、燃え上がる熱意もやがて冷め、何もかも終わりに思えても、まだ生きている。まだ私はここにいて、新しい関係を人と結び、今まで忌避していた事柄にも良さを見出し、陽気な気持ちの時は笑い、絶対的だと思ったものを失っても生きている。

愛情すらも、執着という感覚が薄れ、来るもの拒まず去るもの追わず、少し悲しい気持ちはあっても、日向の窓でうつらうつらすれば幸福感に包まれる。

代替不可能だという強い思い込みとともにある愛情は、運よくその愛情を失わず裏切られず瑞々しいまま育んだ人間にのみ永遠に与えられ、その他の人間は、ある時、本当に代替不可能なわけではないのだ、と気が付く。それは、無理に引き延ばすのではなく、終わりを受け入れることになるのかもしれない。そして、終わりを受け入れることも、一種の愛情である。

などと、このところ考えていた。


スピッツが大好きである。

突然なんなんだと思うかもしれないが、スピッツの曲を聞いていて、この執着が薄れる過程に出会ったような気がして驚いた、という話が本題なのです。今までが前段です。

まず、ロックバンド・スピッツきってのロックアルバム(と勝手に私が思っている)「惑星のかけら」のアパートの歌詞を見てみましょう。

君のアパートは 今はもうない
だけど僕は夢から 覚めちゃいない
一人きりさ 窓の外は朝だよ
壊れた季節の中で

おそらく二人の関係は終わってしまったけれど、「僕」はまだその事を受け入れ切れていない。朝、目が覚めて、今まで通り君が隣にいるんじゃないかと、そんな夢をまだ見ている、そういう感じの曲です。

曲調は軽やかですが、しっかり君に執着している。

このアルバムは1992年発売。


次の曲です。大ヒットの名曲「ロビンソン」です。

誰も触れない 二人だけの国
終わらない歌ばらまいて
大きな力で 空に浮かべたら
ルララ 宇宙の風に乗る

若い頃の私が、「恋愛関係って『二人だけの小さな世界』なんだ!」とこのあまりにも真理を突いた歌詞から衝撃を受けたわけですが、それはともかく、聞いていると、たった二人、二人でいればその他の人間は必要ない、誰もいない真っ暗な真空の宇宙で二人だけで飛びたい、そういう気持ちになります。

「愛なんてありふれている」と思いつつも、それでも「僕ら」は強く結びついているような感じがして、絶対的で、とてもロマンチックです。「この二人」であることへの執着を感じます。

ロビンソンは1995年のシングル。


次の曲です。こちらは、ハヤブサというアルバムの「ホタル」という曲です。

時を止めて 君の笑顔が
胸の砂地に 染み込んでいくよ
(中略)
正しい物はこれじゃなくても
忘れたくない 鮮やかで短い幻
それは幻

他にもっとベターな関係があるかもしれないけれど、「君」を忘れたくない、という執着を感じます。

「正しいものはこれじゃなくても」という歌詞から、以前よりも「君」との関係性が絶対的ではないような、そういう印象を受けます。終わりのある関係を、それでも忘れたくない幻のような関係に執着している。

こちらは2000年のアルバム。


そして、次はスピッツの2019年の最新アルバム「見っけ」の「ありがとさん」です。

あれもこれも二人でみようと思ってた
こんなに早く サヨナラ まだ寒いけど
ホロリ涙には含まれていないもの
せめて声にして投げるよ ありがとさん

その人と別れてしまったのか、もう二度と会えない状況になってしまったのか、もう二人では過ごせない、そんな情景が目に浮かびます。

そこで、最後に「今まで、ありがと」と声をかける(相手に聞こえなくても)というのは、なんというか、今までの執着みたいなものがスルッとなくて、私はなんとなく驚きました。「終わりを受け入れるんだ」と。

この二人の関係はここで終わりを迎えた、そのことはどうしようもないから受け入れて、せめて「ありがとさん」と聞こえないけれど声に出す、そんな感じがして、あんなに色々執着してたのに……、こんな地平の歌詞も出てくるのか……、と、個人的に勝手に驚いた一曲です。

毒気のなさというか、相手を素直に考えている感じというか……。私の中では完全に新しい地平……。

(死別、というテーマは性と死が常にバックにあるスピッツらしいとも言えますが)


そういうわけで、1992年時点では、もう居ない君のことを夢の中で考え続けていたスピッツの歌詞は、2019年時点で、君との関係の終わりを受け止めて「ありがとさん」と声を投げることがある、という変化を遂げていたのです。

終わりも絶望ではない。絶対感のなさは少し切ないけど、やっぱり絶望ではない、と、そんな気持ちになったのでした。

この先もスピッツの新曲が楽しみ!楽しみ!


ちなみに、見っけの中でも特に好きな曲。リズムがものすごく気持ちいい。

ロビンソンや野生のポルカなど、飛んでいる感じの曲がスピッツにはありますけど、これも飛んでいる感じの曲。

最後まで読んでくれてありがとう。