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恋愛的な意味で

生きてた中で1番好きだったんじゃないかなあって人。笑った顔がすごく好きだった。特別顔がいいわけでも、優しいわけでもなくて、でも世界一好きだった。


その人、教師をしてた。
今はやめちゃったみたいだけど。
その人、吉村さんていう。吉村先生、よしぴー、よっしー、いろんな呼び方があったみたい。生徒にむらむらって呼ばれても一応返事はしてあげるんだって。

吉村さんはお酒が大好きだった。いつかお酒のガチャガチャをあげたらすごく喜んでくれたの、たぶんずっと忘れない。パンダのお酒。ご当地か何かのガチャガチャだった。スーツの内ポケットから出して自慢げに見せてくれた。わたしがあげたやつ!嬉しそうに声を出してみせた。そうすると吉村さんはもっと嬉しそうな顔をしてくれる。うん、そうだよ。かわいいねこれって笑ってくれる。ニタニタ笑う。ニタニタ。ニタニタ。これ吉村さんじゃなければきっと気持ち悪く感じるんだろうな。わたしはそこが好きだから、ニタニタが心地いい。ニタニタは正義なんじゃない?

吉村さんはぼく二日酔いでよく学校遅刻してるんだと困ったように笑っていた。わたしは笑い事じゃないよと笑い返す。社会人でしょう。
いいんだ。まわりの先生はロクな奴いないし。学校もクソだからね。
そうやってすぐ人を嫌う、そういうところが好きだった。二日酔いで遅刻して、自分の人生貫いて。そういうところに憧れていた。

その年の夏。吉村さんからお会いできるのを楽しみにしていますとメッセージが来た。なんだ、どうしたんだ、酔ってるのかな。頭の中が大騒ぎだった。
会って第一声、橋井殿、お元気でしたか。
なんだそれ、
なに、殿って。どの、ドノ、DONO、殿?
吉村さんは相変わらずニタニタしている。
はあ、と返す。吉村さんにとってわたしはなんなんだ。だけど、ちょっとだけ、嬉しくてにやついてしまった。

その日は言えずに終わった。吉村殿と呼び返すことも、あなたが好きってことも。吉村さん、わたしね、携帯で「よ」って打つだけで予測変換に「吉村」が出てくるんだよ。わたしね、吉村さんが自分のこと、ぼくって呼ぶのがすきなの。ボクでも僕でもなくて、ぼく。「く」より「ぼ」の音が低い、ぼく。歯並びが悪いのも、お酒のせいでよく浮腫んでいるのも、手が空いたときに浮腫みを気にしてリンパマッサージしてるのも、店員さんに愛想笑いしてるのも、世界一好きなんだよね。

吉村さんはわたしの夢を応援してくれてる。
橋井さんががんばるならぼくもがんばろうかなあなんて言う。
ぼくも芸術家だからねって言う。

ある時、展示会のチケットをくれた。ぼく出してるんでね、って。
一緒にみれるのかなってドキドキしてたんだけどね。ちがったよね、吉村さん。あー脈はないんだなって。展示会、おしゃれして行ったのに。これぼくがかいたんですよって紹介してほしかったのに。会えなかった。

わたし、優しいから、吉村さんが女子生徒に同じ展示会のチケットをあげてても何も言わないの。かわいい女子生徒。吉村さんがそこまでするなんてよほどいい子なんだろうなっておもう。吉村さんは人を顔で選ぶ男じゃないって信じてるからね、わたし。


吉村さんはなにを見て興奮するのだろうか。女子高生か、はたまた熟女か。そんなことを考えていたのに、正解は全く違ったみたい。吉村さんとの共通の友人が教えてくれた。

吉村さんはゲイだった。

わたしは女。吉村さんの性的対象は男。
なんだかな。本人に聞かずともフラれたことが分かる。私じゃだめなんだ。女だから。いくらかわいくメイクしたって、かわいい服を選んだって、ダイエットしても、さりげなくタイプを探ったって、だめなんだよ。


そこでわたしの恋はおわり。まだまだ思い出はあるけど、それはまた今度。別のおはなし。



諦められたかって言われると、うんとは言えない。
いまだに吉村さんのインスタ投稿には全てにいいねをつけているし、落ち込んだ時は吉村さんの写真をひたすら眺めている。
いいなあ男は。吉村さんに好きになってもらえるチャンスがあるんだ。努力する甲斐があるんだ。
あとから見つけたことだけど、吉村さんのインスタのフォロー欄には、ゲイバーやそこのスタッフさんのアカウントが沢山ある。信憑性がどんどん増していく。

いいんだ、べつに。わたしはそれでも吉村さんが好き。恋愛じゃなくて、人として好きだから。人間性が、生き様が好きだから。
いいの。告白はしないし、彼女にもセフレにもならない。「なれない」が正しいのだけれど。

吉村さんのことはずっと憧れたままでいよう。好きで、憧れて、信じて、崇めていよう。
心の支え。思い出の支え。
私にとって、いなくてはならない人。

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