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瀬戸内寂聴訳『源氏物語』「若菜」以降について考えたこと

瀬戸内寂聴訳『源氏物語』を昨年後半からゆるゆると読んでいましたが、ついに読み終わりました~!

寂聴先生の訳は、本当に読みやすくて面白かったです。
前半を読んだ記事は、以前書きましたので、今回は後半について書かせていただきます。

ちなみに、以下の記事は本編の内容にふれまくりますし、最終的な結末についても書いています。
千年前の作品だし、国語の古文の授業やテスト問題にも出てくるし、ある程度、日本人なら知っているであろう前提で書きますので、それは読むのが嫌だなと思われた方は、『源氏物語』を読んでから私と一緒に叫びましょう。


結局、どの男君も自己中心的なダメ男

後半の「若菜上」以降は、源氏が頂点から転落していく様と、子孫たちの物語ですね。
六条院として栄華を極めた源氏も、兄・朱雀院の内親王である女三宮を正妻として迎えたことから、歯車がどんどん狂っていきます。

何がって、光源氏というこの男、とにかく女心が全然わかってない。
長年源氏に尽くして寄り添ってきた紫の上が、父親の正妻の娘ではなかったというそれだけで源氏にも軽んじられ、正妻の座を十代の少女に持っていかれてしまった、その無念さが、奴には想像できない。
その結果、紫の上は半ば源氏に愛想をつかしているのに、「あなたは恵まれた幸せ者ですよ」などと言ってのける、なんだそれ? 案件。
「私たちの間はこれまでどおりですよ、安心しなさい」なんて言って、心配せなあかんのはおまえやから!
読んでて、もう怒り心頭です。

また、女三宮を無理やりレイプしてしまう柏木。
この時代の結婚って、かなりレイプやんって思うんだけど、それでも嫌だ嫌だと言ってる女三宮に対して「僕のこの気持ちをなぜわかってくださらないのですか?」と強引にぐいぐい来る柏木、マジでキモ過ぎるって。
それで、不倫が源氏にバレて睨まれたら「もう無理……」と病気になってしまい、でもその後も女三宮に「僕を憐れんでください」と文を出す。
迷惑だって、さんざん女三宮言ってるのに。なんなの、お前。

それから源氏の息子・夕霧。
これまで夕霧くんは、筒井筒の姫と結婚したり、勉学にも励んだり、かなりまともで真面目な優等生男だったのに、ここにきて大暴走。
親友・柏木が不祥事を起こして亡くなった後、親友の未亡人・女二宮に横恋慕してしまい、ブレーキの壊れた暴走列車(ストーカー)と化します。
堅物で遊んできてない男が恋に狂うと、駆け引きの仕方も知らないから、もう手に負えない。
ストーキングしまくった挙句、女二宮を強引に自分の妻にしてしまう。
夕霧という名も、まさにそのストーキングが夕霧のさなかに行われたというやつで、お前の象徴はここやったんか! という衝撃でしたね。

この3人に限らず、子世代・孫世代の男君もひどい。

源氏の孫の匂宮。
イケメン親王で、モテるのはわかるけど、美女なら誰でもいいのか? 君は。
親友・薫の想いを寄せる女性であり、かつ自分の妻の異母妹である浮舟にまで手を出す、君には人の心を思いやる気持ちもないのか?
そしてその浮舟に愛を語りつつ、「姉・女一宮の侍女にすればいい」などと、捨てる気満々なことを考える、どうしようもないボンボン(悪人)。

また、柏木と女三宮の不倫の息子・薫。
まず、源氏の息子として成長するものの、実は源氏の子ではなかったと知った後も、世の中に対して斜に構えているくせに、源氏の子としての特権を最大限利用しようとする図太さ、したたかさ。
愛する宇治の大君が亡くなった後、大君の身代わりとして異母妹の浮舟を囲おうとするものの、浮舟の至らなさをいちいちあげつらう性格の悪さ。
その浮舟に親友・匂宮が手を出してると知った後は、世間体をまず考えて、自分が傷つかないように「あんな女、別に愛してないし」と取り繕う、クズ。

後半の紫式部は、この男君のダメさ加減を書くのが、めっちゃうまいなあと思います。寂聴先生の訳も素晴らしいんですけど。
いろんなダメな男(代表格が藤原道長?)を見てきて、その観察眼が書かせたんでしょうかね。

『源氏物語』の前半では、光源氏もかなりキラキラした感じで書かれてて、そこには好き好きオーラみたいなのが見え隠れしてましたが、後半はもう「あんたの性根はわかってるし」的な書かれ方ですよね。
そこに至るまでの、酸いも甘いも嗅ぎ分けた紫式部の経験値のようなものが、王子様ではない生身の男たちを書いているような気がします。


女性の扱われ方が破滅的に悪い

また、源氏物語の女性陣は、とにかく出家したがります。
これまでも藤壺宮、六条御息所、朧月夜が出家し、女三宮、最終的には浮舟が出家します。
なんでそんなに出家したいのか。
生きるのが辛いから。
どんだけ昔から「生きづらい若者」っておるんよ~。

衝撃的だったのが、夕霧が女二宮を口説き落とそうとストーキングしてるあたりで、二人の仲を誤解した律師(加持祈祷のため女二宮の母・御息所のところにきていた)の言葉。

「(前略)女人という罪障深いお身に生まれ、地獄に堕ちて無明長夜の闇に迷うのは、ただこうした愛欲の罪によって、そのような恐ろしい報いをも受けるのでござる(後略)」

「夕霧」『源氏物語』瀬戸内寂聴訳

ちょっと待って?
女性って、生まれながらに罪障深いの?
それ、どういう差別よ?

まあ、言ってるのが僧侶なので、僧侶=男→女は修行の妨げ……と考えれば、あなたの立場ではそうでしょうねえとなるのですが、でもそれは単にあなたの修行が足りないだけでは?(シーっ)

他にも、薫の想い人・大君の父である八宮も、

「(前略)女というものは人に愛玩される程度で他愛のないものですが、一方、人の心を悩ます種にもなります。そのため女は罪障が深いのでしょうか(後略)」

「椎本」『源氏物語』瀬戸内寂聴訳

とかぬかしてるし。
そもそも「人」が男だけなんだよね。
女は「愛玩される程度の他愛のないもの」なの。
これが父親が娘を称して言う言い草!

ちなみにこの八宮、正妻が亡くなった後、正妻の侍女だった正妻の姪に手を出した挙句、生まれた子を認知もせず、以後その女を出禁にした最悪野郎です。
なのに、俗聖みたいな面して薫や僧たちと会ってるんだよね。
そういう野郎のクズさを、紫式部はちゃんとわかってるんだぞ。

親がそんなのですから、親亡き後の大君の苦悩がこちら⤵

「一体わたしはどうすればいいのだろう。せめてご両親のお一方でもいらっしゃれば、とにもかくにも、親の言うとおりに結婚をして、前世からの縁ということもあって、自分の思い通りにはならないのが男女の仲ということだから、万一、その結婚が順調にいかなくても、世間によくある例として、人の物笑いになるようなとがめも受けないだろう(後略)」

「総角」『源氏物語』瀬戸内寂聴訳

現代の感覚でいうと、思考停止しすぎていて、人間じゃないよね。お人形。
とにかく、結婚しても男が浮気をしたり、男が妻を大事にしなかったりしたら、全部その男との結婚を受け入れた女の責任って、男、無責任すぎません?
なんで男は浮気してもおとがめなしで、女のせいにされるんや?
甘やかしすぎじゃない?

『源氏物語』の前半でも、六条御息所などは、源氏の浮気に苦悶しますし、それゆえに生霊にもなります。
でもその時点では、紫式部は源氏の浮気を肯定的に書いてるし、だからこそ六条御息所を嫉妬に狂った怖い女のように描いていますよね。

反面、後半では、女君もその周囲の女たちも、男に浮気されることを徹底的に忌み嫌うし、それで世間体が悪くなることをとにかく恐れます。
浮舟の母親も、とにかく真面目そうな人を婿にしたいと願うし、薫の君なら真面目そうだから安心と思う(でも奴は浮舟の母の身分が低いから、浮舟を妻にする気はなく、あくまで囲っているだけの女……)

罪障深いと罵られる女たちの中でも、正妻の娘か否かで大きくランク分けされてしまうし、身分が低ければ妻ではなく愛人扱い。
そしていつ男に捨てられるかわからない状況に、びくびくおびえている。
暴動起こしてもいいくらいだと思うんですけどね。現代の感覚だと。

そんな状況だから、女は自分が責められないように、すべてを親と前世からの因縁のせいにしたがる。
Oh my God!
そりゃ生きづらいわ。家畜だもん。
でも、女の生き方ってずっとそうだんたんだよねえ。結婚して、子どもを産んで、育て上げるのが幸せ、みたいな。
自分の幸せって何だろうって、考えられるようになったのって、平成に入ってから、下手すりゃここ十数年の話だもんね。

だから、出家が女たちの救いになる。
結婚・出産・子育てのレールから外れて、いわば学問の道に入れるようなもんだから。

まあその仏の道でも、女性差別はあったろうけど。
何しろ「罪障深い身」だから。

おわりに

とにかく『源氏物語』瀬戸内寂聴訳は、面白かったです。
源氏のクソさ加減が無理、という方も多いと思いますが、ちゃんと「こいつらクソやな」という書き方をされてます。

出てくる男どもがクソばかりで、本当に当時の男どもってキモいのばっかりやんと思うんですが、だからと言って紫式部はそういう男君を肯定してるのではなく「ちょっとこの男、キモくない?」という意味で書いてると思うし、長く読み継がれてきたのも、「そうだ、そうだ!」と賛同する意見が多かった部分もあるんじゃないかと(ある程度以上の年齢の女性には)。

決しておとぎ話ではないリアルな人間描写が魅力だからこそ、1000年たっても古びてないんですよね。

現代語訳されているとはいえ、文体が近代小説とは違うし、長編なので読み通すには覚悟も必要ですが、日本人に生まれて読まないのはもったいないです。
紫式部と直接会話することはできませんが、作品を通じて彼女の思いをうかがうことはできます。
面白かったです。

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