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妖怪に会える城下町(大分県臼杵市)|ホンタビ! 文=川内有緒

作家の川内有緒さんが、本に動かされて旅へ出る連載「ホンタビ!」。登場人物を思うのか、著者について考えるのか、それとも誰かに会ったり、何か食べたり、遊んだり? さて、今月はどこに行こう。本を旅する、本で旅する。

 うすきねが組み合わさって「臼杵=うすき」。大分県の城下町で、いかにも伝説がありそうな地名である。一説によれば、高千穂(宮崎県)の山のほうから巨大な臼と杵が飛んできて町ができたとか……その真偽のほどは定かではないが、とにかくこの町には不思議な言い伝えや伝説が溢れている。

特に妖怪に出会いたい! という人には熱烈におすすめしたい。

臼杵城跡。かつて城の周囲は海に囲まれており天然の要害だったが、廃藩後に埋め立てられた 
写真=marumaru/PIXTA

妖怪と人が共存

 町で最初に目に入るのは、丘の上にどーんとそびえる臼杵城跡である。16世紀半ば、キリスト教に帰依したいわゆる“キリシタン大名”の大友おおとも宗麟そうりんが築いた城で、亀の形に似ていたので別名「じょう」。

 臼と亀とキリシタン。なにか奇妙な物語が創作できそうだ、と思ったその時、ひとりの女性がぬっと現れた。作務衣姿で頭に手ぬぐいをかぶり、耳のピアスの穴になぜか印鑑を挿している。

ガイドの古谷美和さん。妖怪は元より、臼杵の歴史にも詳しい

 出た! 妖怪!……ではなく、その人は古谷こや美和さん。生粋の臼杵っ子で、妖怪にまつわる言い伝えを語り継ぐ語り部、そして本日の案内人である。

「ここらへんは年寄りばっかりやけん、昔の言い伝えがいっぱいあってな、ものを粗末にしたら妖怪が出るよ! とか生活に妖怪が密着している町なんよ」

 なるほど! いや、ちょっとその前に、あの、耳の印鑑は何でしょう?

「こうしておくと、すぐにハンコが押せて便利なんで」

 ふーむ、謎が解けたような、謎が深まったような。まあいいか、何しろここは妖怪の町だからな、と私が取り出したのは『ときめく妖怪図鑑』という一冊だ。鬼や河伯などのメジャーな妖怪からややマニアックな妖怪まで紹介する入門書。「日本人にとって妖怪とは何か」という命題に迫りつつ、最後は妖怪に出会いたい人への細やかな指南もあり、臼杵は「一皮むけばお化け町!」というキャッチフレーズで取り上げられている。

門賀美央子著 東雅夫監修『ときめく妖怪図鑑(山と渓谷社)
高度な専門書でも子ども向けの入門書でもなく、さまざまな観点から妖怪を掘り下げた一冊。基本知識や妖怪の名所リスト、古典・歴史に登場する妖怪たち、全国のユニークな民芸品……「妖怪」「お化け」「化け物」「モノノケ」などと呼ばれる存在・現象について豊富な図版やイラストとともに平易に解説、通読すればその不思議な魅力に心ときめく――。

「この本に書かれている妖怪で、臼杵にいるものもありますか」

 古谷さんは、うんうんと頷いた。

「天狗や河伯かっぱはおるし、人を化かす狐や狸、化け猫もおるな。まあ臼杵には、鬼太郎と猫娘以外はだいたいおる。塗壁は臼杵が出身説もあってな。目撃情報はいっぱいあるけん」

 おお、なんと心強い。さらには、臼杵オリジナル&ローカルな妖怪も多数いるとか。期待感がぐいぐいと高まるなかで本日のツアーがスタート! 

 町の中心部には戦国時代に作られた入り組んだ路地が残り、武家屋敷や商家、神社仏閣が密集している。いかにも「なにか出そう」感満載のなか、古谷さんは妖怪話を次々と繰り出す。

臼杵城のお膝元に位置する二王座歴史の道にて。現在は休憩所として自由に出入りできる。1716(享保元)年創建の旧真光寺に立ち寄った川内さん

「ここら辺で人に何かを尋ねたら『三角男』かもしれんけん」

 三角男とは、こんな話。ある人が先をゆく男に道を尋ねた。振り向いた男は顔が三角、目も三角、鼻も三角、着物の柄も三角という「三角男」だった。

「うわーっとびっくりして逃げたけど、それを見た三角男は、失礼な! って。臼杵では妖怪と人が共存しているんだから、見た目で判断してはいけないよという戒めの話らしい」

 ほほー、まあ次に進もう。三重の塔で有名な龍原寺りゅうげんじも妖怪スポットで、塔の四隅を支えているのは四体の天邪鬼あまのじゃくである。邪鬼だけど、かなり愛らしいから、これは必見だろう。

龍原寺・三重塔の天邪鬼。両手で支える邪鬼もおり、「こいつは怠け者」と古谷さん

 龍原寺を過ぎると、寺院が軒を連ねる二王座におうざ歴史の道に出た。フォトジェニックで美しい十字路だが、ここも雨の夜になると「馬の首」が出現するスポット。ちなみに古谷さん自身も、夜道をついてくることで有名な妖怪「べとべとさん」に会ったことがある。

二王座歴史の道は、白壁の武家屋敷や多くの寺院が集まっており、城下町特有の雰囲気を色濃く残す

「ある夜、ばあちゃんが家に帰ってきたら、ざっざっざっと足音がして。ばあちゃん、なんかおるやん、って言って。すぐにばあちゃんが般若心経を唱えたら消えたけどな」

 その後、「火の玉を食べた男」「小豆あずき洗い」「路地の狸」などの話を聞きながらそぞろ歩いた。怨霊や物の怪、色恋沙汰が入り混じり、なかなかカオスな物語ばかり。そのカオス感は戦国武将が活躍しキリスト教などの異文化も入ってきたこの土地らしい。

 臼杵の伝説や民話を収集し、伝えるのは「臼杵ミワリークラブ」という団体である。1998(平成10)年に青年会議所のメンバーが、町歩きゲーム「赤猫クエスト」を作ったことが活動のきっかけになった。

「その時、どんな妖怪がいるか調べていったら、臼杵には100種類以上の妖怪がおったわけ」

法音寺の鬼子母神。造像当時、髪は顎までしかなく、長い年月をかけて今の長さになったという

「妖怪のことを調査するうすきみ悪い団体」ということで「臼杵ミワリークラブ」が発足し、もちろん古谷さんもアクティブなメンバーである。

 さてツアーのシメは、「がもじい」が出るという焼酎の酒蔵。

「子どもたちが夕方遅くまで蔵で遊んでいると、出口や窓が閉まって出られなくなる。親が探しにいくと土蔵に子どもたちが閉じ込められている。だから臼杵では、遅くまで遊んでいると『がもじい』に閉じ込められるぞーって」

 がもじいの目撃情報のあった蔵も見学し、すごい、事件の現場ですね! と喜ぶ私。

 ほかにも子どもを連れ去る「こーとろ」など人の親としてはゾッとする妖怪もいるが、よくよく話を聞けば、妖怪は悪さばかりをするわけではなく、まわりまわって人間の生活を守っているようだ。そういうわけで、古谷さんたちは学校やイベントを通じてこれからも妖怪奇譚を伝え続ける。もちろん子どもたちも妖怪が大好きだ。

「東京にも妖怪はいるでしょうか?」

 そう聞くと「おると思うよ」と返ってきたので嬉しくなった。確かに『ときめく妖怪図鑑』にもこうある。

 人のいとなみがある場所に妖怪はいます。
 もちろん私たちが暮らしている町にも。
 その地域で発行されている民俗資料などを、よ〜く探してみると、ひとつやふたつは怪しい話が出てきます。(中略)いつもとは違うアプローチで町を散策すると、住み慣れた町の違った風景が見えてくるはずです。

 じゃあ次は自分の町の妖怪に会いに行ってみますか。「化け猫」とか「垢なめ」あたりは、意外とすぐそこにいる気もするのだった。

イラスト=駿高泰子

川内有緒(かわうち ありお)
ノンフィクション作家。米国企業、パリの国連機関などに勤務後、フリーの作家に。『バウルを探して』(幻冬舎)、『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』(集英社インターナショナル)など著書多数。

出典:ひととき2022年5月号

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