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食の達人、小倉ヒラクさんが出会う 城下町・金沢の麗しき発酵文化

小倉ヒラクさんにとって金沢は、20代前半に、はじめて〝美味しい日本酒〟を知った思い出深い土地。この街にいまも根付く、独自の発酵食を求めて――(ひととき2021年創刊20周年記念号「食の達人がゆく 歴史町、うまいもの探検」より一部抜粋してお届けします)

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「ひととき」読者の皆さまこんにちは、小倉ヒラクです。僕は発酵文化の専門家として、各地の醸造の現場を訪ね歩いています。今回訪れたのは石川県金沢市。日本海側の海運を司る、北前船(きたまえぶね)の要所です。海産物を加工したバリエーション豊かな発酵文化が根付き、海を介して集まった食材を調味料や酒に醸す。そう、海の発酵最強エリア北陸の都、それが金沢。実は20代前半の僕がはじめて「美味しい日本酒」に出会った地でもあります。

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長町〈ながまち〉武家屋敷跡を散策する小倉さん。藩政時代の武士の屋敷が軒を連ね、城下町の雰囲気を色濃く残す

 当時の僕のルームメイトが金沢出身で、彼の友人たちを訪ねた旅で入ったお寿司屋さんで飲んだのが本稿にも登場する福光屋(ふくみつや)の「加賀鳶(かがとび)」。今でも思い出すあの甘美な味わいよ……。それから十数年、〝発酵〟を生業とするようになって金沢をいざ再訪!

金沢らしい日本酒とは?

 まず訪れたのは、創業約400年の老舗、やちや酒造。かつての目抜通沿いに位置する、木製の格子と白塗りの壁が印象的な趣あるお屋敷のくぐり戸を通ると、そこには加賀藩の時代の空気がそのまま残るタイムスリップ空間が! やちや酒造の起源は、蔵の創始者、神谷内屋仁右衛門(かみやちやじんうえもん)が、加賀藩の開祖前田利家とともに尾張の国から移住したことに遡ります。蔵の定番である「加賀鶴(かがつる)」の酒銘は、3代利常から授かったそうな。

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銘柄にはやちや酒造を象徴する加賀鶴のほか、その名も前田利家公や、加賀の紅茶を使ったお酒など多彩な味がそろう

 前田家とともに大きく発展した金沢。やちや酒造はその始まりから現代まで、金沢の歴史を見守り続けている酒蔵なのです。

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前田家13代・前田斉泰〈なりやす〉から送られた書

 古い土壁の建築をところどころ補強しながら、今でも使い継いでいる蔵で醸された酒は、これぞ金沢の地酒! と言いたくなる味。では金沢らしい酒とは何ぞや? 「ドライで切れ味良いが、ジューシーな甘味や旨味もある」というのが僕の解釈。新潟のように淡麗辛口! でもなく、中国山陰のようにどっしりボディーとコクのある旨味! でもなく。適度に上品な味付けの郷土食やリッチな味の魚介の魅力を浮き上がらせる設計なんですね。

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酒蔵の歴史を語る神谷昌利さん。写真(下)の数字は1タンクの容量 

やちや酒造の酒の特徴は、飲み下す余韻ににじみ出てくるたおやかな甘味。蟹や脂ののった白身魚に合わせたら最高のヤツだ……! この余韻は吟醸酒からレギュラー酒まで共通して感じる蔵の個性。「添加する酵母だけでなく、蔵に棲み着く微生物の味も大事にしたい」という18代目当主、神谷昌利さんの気概を感じます。

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酒蔵を見学。興味津々に仕込みタンクを上から観察する小倉さん

 次に向かったのはひがし茶屋街。ほとんど何もない夕暮れの石畳道を、髷を結った芸妓(げいぎ)さんが歩いていく……建物だけでなく街全体が時空を超えた一角に、金沢最古といわれる酒蔵、福光屋の直営店「福光屋ひがし」があります。古い茶屋建築の店内に入ると、モダンに改装されたバーカウンターに通されます。浪漫溢れる散策で夢心地のまま、季節のお酒の試飲へ突入する最高の展開。全国の酒ラバーが愛する「加賀鳶」、地元の定番「福正宗(ふくまさむね)」などなど、僕も大好きな銘酒を地元で飲めるなんて、発酵愛が醸されすぎて困ります!

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季節のおすすめ3種飲み比べと豆腐の味噌漬け

 福光屋の特徴は、全国規模の生産量にもかかわらずすべてが純米酒(米と水だけでつくる無添加の酒)であること。これは上質な日本酒を愛してやまない飲み手との信頼関係がなければできない偉業です。試飲した季節酒は、ともすると香りの華やかさだけが目に付きがちな吟醸酒にあって、しっとりした米の旨味を感じる飲み口。やちや酒造と比べると、スッキリした飲み口は共通で、余韻に甘味ではなく旨味がくるのが印象的です。良い意味でアルコールの辛みを感じさせない、品の良い美意識が金沢ならでは!

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バーカウンターの向かいに福光屋の日本酒、焼酎、徳利、燗鍋(間鍋)などが並び、落ち着いた空間

「最近は酒造りの原料である糀や発酵技術を生かした健康食品、化粧品も展開しています」とアテンド役の福光屋企画広報室・岡本亜矢乃さん。お酒が飲めない人でもお洒落なバーで甘酒を楽しんで、美容液やエナジードリンクをお土産に帰るのも良いのではないかしら?

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夕日を背に、ひがし茶屋街をのんびりと歩く小倉さん。出格子〈でごうし〉や街灯、石畳が織り成す情緒豊かな景観

新世代の醸造家と会う

 酒巡りツアーの最後は、金澤ブルワリーへ。美容室を改装した工場にはビール醸造の設備が所狭しと並び、スタッフが機械のあいだを縫うようにして忙しく仕事に励んでいます。ご当地名物の加賀棒茶や生姜を使い、その土地らしいビールを醸す。金沢発のご当地ビールとしてデビュー以来、わずか4年で売上が急上昇しました。

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金澤ブルワリーの醸造所に併設されている酵母の自家培養設備

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イギリス産やドイツ産など厳選した麦芽

「カナダにワーキングホリデーで滞在した時に触れたクラフトビールを、地元で生業にしようと思って」と目をキラキラ輝かせて語る若き代表、鈴森由佳さん。地元の食材を使ったビールは、その食材を使うことが目的になって味が野暮ったくなりがちなもの。しかし、自前で酵母を培養するほどの技術とこだわりで、ボディーや苦味の重厚さを楽しめるビールに仕上がっています。

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左から、定番のペールエール、地元の加賀棒茶を使用したビール、麦芽の代わりにデンプンから作られる甘味料・米飴を使い生姜で風味をつけた発泡性のお酒

 個人的に印象的だったのはスタウト(黒ビール)。スモーキーな飲みごたえが重たすぎることなく、爽やかな酸味も楽しめる本格クラフトビール入門にぴったりな味わいでした。

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代表の鈴森由佳さん(左)と醸造家のみなさん

旅人・文=小倉ヒラク 写真=佐藤佳穂

小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
発酵デザイナー。1983年、東京都生まれ。フリーデザイナーとして活動するかたわら、東京農業大学の醸造学科研究生として微生物学を学ぶ。2019年から発酵文化を学び味わう「発酵ツーリズム」を開催、翌20年に全国の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」をオープン。著書に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(角川文庫)など。

――この続きは本誌特集記事でお楽しみいただけます。ヒラクさんはこの後、金沢の発酵シンボルであるかぶら寿司などを堪能し、かつて日本海側の海運を司った北前船の要港として栄えた地区を訪れ、その歴史に思いを馳せます。さらに、料理研究家の土井善晴さんが京都の和菓子文化、作家の平松洋子さんが神戸の中国料理をご案内。創刊から20年、全国津々浦々を取材してきた「ひととき」のこの記念特集、ぜひ本誌でお楽しみください。

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[ 特集 ] 創刊20周年記念「食の達人がゆく 歴史町、うまいもの探検」
◉土井善晴さんが味わう 古都・京都に花開いた和菓子文化
◉平松洋子さんが訪ねる 港町・神戸で華僑と日本人が育む中国料理
◉小倉ヒラクさんが出会う 城下町・金沢の麗しき発酵文化

出典:ひととき2021年8月号

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