見出し画像

ひたすらに地道な歩みを続けた(歴史学者・磯田道史)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画

旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画わたしの20代。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2021年7月号より)

 こどものころから、本やテレビで得た〝バーチャル〟と自分の体で感じた〝リアル〟、どちらの知識も得たいと思っていました。小学生のとき、源頼朝が出てくるNHK大河ドラマ「草燃える」を見て、鎌倉武士の大鎧を『日本美術全集』で調べ、組み紐や段ボールで作って着ている写真が残っています。

 最初に入った大学は図書館が小さくて満足できず、慶應義塾大学に入り直し、ひたすら本を読みました。うれしくて、読み疲れて倒れ、救急車で搬送されたことも……。一方で、歴史上の人物が本当にいたのか確かめたくて、東京で墓所巡りも続けました。20歳当時はバブル期。ディスコで遊んでいた同級生がショルダーバッグのような携帯電話でシャンパンを注文するのを見て、驚いたこともあります。多くの学生がいかに少ない勉強量でいい成績をとって、いい会社に入るかを考えていた。人の生き方を否定する気はありませんが、とにかくたくさんのことを知りたい、宇宙の森羅万象の謎を少しでも解き明かしたいと思う僕とは違う生き方だと感じていました。

 20代後半は、研究者として恩師である速水融先生の「歴史人口学」研究に参加し、全国で調査を続ける日々でした。江戸時代の住民票ともいえる「宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)」を基に、出生、死亡、就業、結婚などのデータを集める。研究は砂を噛むようなことも多く、黙々と史料を解読し、小さな升目を何万個も埋めて、やっと表がひとつできるといった作業も日常です。すぐ結果がほしい若者には難しい。でも、重要なのは地道なちまちましたことなんですね。そして、虫の目を持つと同時に、人工衛星から地球を見るような目も持つ。

 自分の趣味、遊び、頼まれてない仕事にこそ、発展や楽しみがある。自由度が高いところを開発して、型を破る。そこが本当の面白さだと思います。後に僕は「生活者としての武士」というテーマに出会い、「武士の家計簿」というミクロな経済史研究をしますが、まさに自分が好きで始めたことです。自分の専門分野だけでなく、幅広い知識を持って事に当たる。バーチャルもリアルも大事にする。20代までにしてきたことが、今の僕の基礎になっています。

談=磯田道史 構成=ペリー荻野

磯田道史(いそだ・みちふみ)
歴史学者。1970年、岡山県生まれ。近世中後期の藩政改革を専門とし、近年では天災(地震、津波)や感染症などの歴史研究も行う。慶應義塾大学大学院博士課程修了。静岡文化芸術大学教授などを経て、2016年、国際日本文化研究センター准教授、21年4月から教授。堺雅人主演で映画化された『武士の家計簿』(新潮新書)など著書多数。

出典:ひととき2021年7月号


よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。