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秋の月夜に実りの象徴のススキを捧ぐ|笹岡隆甫 花の道しるべ from 京都

花にまつわる絵画や伝統芸能などの文化・歴史的背景を華道家元・笹岡隆甫氏がひも解く連載コラム『花の道しるべ from 京都』。第3回は、秋が深まるにつれて銀色から黄金色に輝くススキと月です。この2つが、実りの象徴であることをご存じでしょうか。私たちは古来より、今年も稲穂が豊かに実るようにと祈りを捧げてきました。

 橋殿はしどのは、神の領域と俗世を分ける特別な場所だ。ならの小川で水差しにご神水を汲み、川にかかる橋殿に上がる。ご神水を花器に注ぎ、稲穂に見立てたススキを月に供えた。月明かりの中で見る秋草の興趣きょうしゅには、神々しさを覚える。

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 昨秋の十六夜いざよい*を上賀茂かみがも神社で見た。橋殿で、仲間たちと「月」をテーマにした奉納をさせていただいたのだ。私の献花では、月にススキを供えて、農耕の神でもある賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみに豊作を祈った。続いて、陶芸家・小川裕嗣氏による献茶。月に因んだ自作の茶盌ちゃわんに加えて、私が削った茶杓ちゃしゃくも使ってくれた。締めには、観世流能楽師・橋本忠樹ただき氏が仕舞を奉納。演目は「とおる」。光源氏のモデルと言われる源融みなもとのとおるが月の下で華麗に舞う。月の出から月の入りまでの物語だ。

十六夜* 陰暦16日の月。中秋の名月のあとの陰暦8月16日の月をさす。2021年は9月22日

橋殿2

上賀茂神社の橋殿

 この日は、友人である女優の南果歩さん、アーティストの清川あさみさんも参拝にいらしており、私たちの奉納を神様と一緒に楽しんでもらった。ちょうど奉納が終わる頃、東の空から月が上った。とても美しく大きな満月だった。社殿の背後に神山こうやま稜線りょうせんがほの暗く浮かび上がり、古代から変わらぬ景色の中にいる不思議な感覚をおぼえる。

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 ススキに月。花札でもおなじみの、定番の取り合わせだ。三日月から上弦の月、そして満月へと移ろう月は、実りの象徴。稲穂に見立てたススキも、また実りの象徴である。お月見には、今年も稲穂がよく実るようにとの願いを込めて、ススキを供えるのが習わしだ。

十六夜いざよいは闇のはじめ」と言ったのは松尾芭蕉。今は満月で光が満ちているように思えるが、そこにはこれから欠けていく闇の兆しが含まれている。これは日本文化を語る上で欠かせない、陰陽思想の考え方だ。全てのものは陰と陽、両方の性質を秘めていて、どちらか一方だけでは存在しえない。陰陽は表裏一体。白か黒か、善か悪かといった二元論では、世の中は割り切れない。

 ある秋の夕べ、虫の声が聞こえる実相院門跡じっそういんもんぜきで、コンサートを楽しみながら月が顔を出すのを待とうという優雅な試みがあった。小さな演奏会を開いて下さったのは、「放課後の音楽室」で有名なギター・デュオのゴンチチさん。

実相院門跡1_2

 飾花担当の私が舞台に選んだのは、石庭を背にした西向きの広縁。竹製の大屏風をしつらえて左右にナナカマドの紅葉を大きく振り出し、三宝に載せた朱杯にはススキ・ハギ・キキョウといった秋草をいけた。月と古建築といけばな、さらに美しい音楽が一体となった風情は、また格別だった。

修正 実相院門跡2

 その夜、ゴンチチさんが演奏して下さった曲の中に「忘我の調べ」という曲があった。「我を忘れるくらい音楽に没頭すると、よい音楽ができる」という彼らの言葉が印象に残っている。我を忘れるくらいにものごとに没頭すれば、きっとその経験が私たちの人生を豊かにしてくれる。

 私自身、年を重ねるごとに、ただ無心になり何かに没頭する時間が減ってきたように思う。新しい遊びや勉強を始めるのもよい。大人になった今こそ、好奇心を持ち続け、何かに夢中になる時間を大切にしたい。美しい月夜に、そんなことを考えた。

上賀茂神社
https://www.kamigamojinja.jp/
実相院門跡
https://www.jissoin.com/

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笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学 客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡
http://www.kadou.net/


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