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花の蕾が綻び始めるこの時季に知りたい 植物園の魅力

四季の変化に富む日本列島は、実は世界の中でも植物の種類が多い、植物大国であることをご存じでしょうか?古来、日本人はその美しさを和歌に詠み、生活に取り入れ、花木に親しんできました。花の蕾が綻び始める時季に合わせて、植物学者の塚谷裕一さんに植物観賞の魅力とツボをうかがいます。まずは植物園の楽しみ方を教えてもらいましょう――。(ひととき2022年3月号特集「植物の不思議な魅力」より一部を抜粋してお届けします)

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植物学者の塚谷裕一さんが語る植物園の魅力

 日本植物園協会という公益社団法人がある。日本の植物園の協力団体のようなものだ。そこで以前、植物園とはなにか、を定義しようとしたことがあるらしい。しかし事は思った以上に難しく、一言で定義するのは結局断念したと聞く。

 みなさんの思い浮かべる植物園とはどんなものだろうか。

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塚谷裕一さんと小石川植物園の温室 写真=佐々木実佳
塚谷裕一(つかや ひろかず)植物学者、東京大学大学院理学系研究科教授。1964年、神奈川県生まれ。専門は葉の発生・分子遺伝学。海外での調査や、植物の多様性についての研究も。著書に『植物のこころ』(岩波新書)、『スキマの植物図鑑』(中公新書)など。2021年紫綬褒章受章。

 広場に色とりどりの花が咲き乱れる公園。あるいは世界の珍しい花が咲き競う大きな温室。多くの方がイメージするのはこういうものではないかと思う。休日を広々とした空間で過ごしつつ、映える写真を撮るのに絶好の場所だ。誰もが憩える空間である。近年はやりの、丘一面にネモフィラ、コキアあるいはコスモスなどが咲き競う大規模花園は、そうした花園の性格を特定の花に特化させた、一種の極致といえるだろう。

 しかし植物園の世界はそういうものばかりではない。

 例えば薬用植物園というものがある。和漢の薬に用いられる植物を集めて栽培し、展示している植物園だ。そこではその性格上、華やかな花はあまり見られない。その代わり、名前しか知らないような、あるいは漢方につかう乾物かんぶつの形でしか見たことのないような植物が、すなわちムラサキであるとか朝鮮人参であるとかが、生きた状態で観察できる。漢方で認定されている薬用植物は、日本では野生で見ることのない種類も多いため、そこでなければ見ることができない独自性も高い。

 あるいは研究植物園といわれるものがある。植物学の研究施設に付随して作られた植物園で、研究材料を収集し提供するのが本務だ。東京大学のいわゆる小石川植物園(東京都、正式には東京大学大学院理学系研究科附属植物園本園)あるいは国立科学博物館筑波実験植物園(茨城県)のように、一般公開している園も少なくない。これもまた、日本ではそこでしか見られない植物がある、といった独自性が売りの植物園だ。研究の現場でもあるため、最新の研究成果を展示していることも多い。

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オオシマコバンノキ 小石川植物園で見られる、奄美地方や台湾に自生する低木。この科の木だけにやってくるハナホソガという蛾によって花粉が運ばれるという特徴をもつ。ハナホソガとオオシマコバンノキは互いに不可欠な存在なのだ。小石川植物園の温室では実際にハナホソガが放たれ、この「絶対共生」が全国で初めて展示されている 写真=佐々木実佳

 花園ないし公園と研究植物園の、中間的な植物園もある。地の利を生かし、国内外のいわゆる高山植物を、北アルプスの風景の中に見せる白馬五竜高山植物園(長野県)、あるいは江戸時代の武家屋敷に端を発し、東京の自然の原風景に近い姿を見せる国立科学博物館附属自然教育園(東京都)などがそれである。広々とした芝生と点在する林、それに温室を擁し、公園的な性格が強いながら、季節によっては晩秋の菊花壇展のように、敷地いっぱいを使って日本の伝統的な菊の園芸技術を一堂に見せるなど、企画も豊富な新宿御苑(東京都)といった例もある。国内最大の巨大な複合温室を舞台に、国内外各地の珍しい植物を、生育環境ごとに展示するやこの花館はなかん(大阪府)も、このカテゴリーだろう。

 こうした植物園の特質がどこにあるかといえば、一つは「植物は花のみを見るものかは」というその展示姿勢だろう。花が咲きそろっている風景というのは、草ものなら実は作り出すのが簡単だ。花が咲き出した状態の苗を大量に仕入れて裸地に植えれば済む。大きな会社の敷地ディスプレイでよく見かける風景だ。東京のビジネス街で、街路樹下の植え込みが常に花盛りという区画もあるが、そうした場所も、一定の間隔で花を植え替えている。まだ花が終わりかけとも言えないくらいの段階で全て抜き取り、新しい別の花苗を植えていくのである。典型的な、花のみを見る姿勢だ。丘を覆い尽くす花畑というのはそれに比べると植物の命を大事にしていて、種から育てていって、花が咲くまで管理を続け、花の盛りに見物客を呼び込み、花が終わったらまた次に備えるというものだが、それでも、目指すところは花盛りの風景のみ、という点では共通している。

 それと違って前述したようなタイプの植物園は、植物の楽しみは花だけではないことを念頭に置いている。見どころは花ばかりではない。葉も、茎も、場合によっては根も、見る人に驚きを与えてくれる。加えて大事にしているのは、昨今人間社会でもつねづね強調されるようになった多様性だ。植物と言っても、高山植物と言っても、ランと言っても、菊と言っても、サボテンと言っても、それぞれこんなに多様だということを、植物園はその隅々まで意識している。そこがもっとも大きな違いだろう。花のみを愛するのではなく、植物を愛することを促す植物園である。

サボテン鐘楼閣とぺふぃおぺでぃうむ

小石川植物園には、海外原産のユニークな植物も展示されている。ラン科の一種・パフィオペディルム(写真左)と多肉植物・鐘楼閣
写真提供=東京大学大学院理学系研究科附属植物園

 そうした植物園の中には、展示されている植物自体に歴史性が浮かぶこともある。武家屋敷だった頃は日本庭園らしく仕立てられていた松が、その後、人の管理から離れてすくすくと育ち、樹形を変えた経緯を見ることができる国立科学博物館附属自然教育園。江戸時代に幕府の御薬園だったころから残るとされる、サネブトナツメの老木が生き残る小石川植物園がその例だ。これまた、花のみでなく植物の生を楽しんでほしい、というメッセージにつながるものだろう。

 いやそれどころか多様性を重んじ、植物の生を大事にする植物園の場合は、植物以外の生き物を目指して人が集うことさえある。単一種類で覆われた一面の花園には、実は虫も鳥もほとんど訪れない。しかし多様性を重視した植物園には、それが屋外施設であれば、当然のこととしてさまざまな生き物が集まってくるからだ。それゆえ、野鳥愛好家が重いレンズを抱えて日参する植物園、キノコを愛する少女が定期的に探索のため通う植物園も多いのである。

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 ことほどさように植物園の中身が多様であり、その楽しみ方も多様ということであれば、当然のこととしてこれを一言でまとめるのは容易ではない。冒頭に述べたように、植物園とは何かを定義するのは、無理な注文といえそうだ。となれば植物園をどう楽しむかという問いも、もちろん答えを持つはずがない。あえていうなら、それはただ自分の好きなものを眺めることに尽きるというものだ。

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小石川植物園の桜並木 写真提供=塚谷裕一

文=塚谷裕一

――続きは本誌でお楽しみいただけます。本誌では、植物学者の塚谷さんと一緒に、国内最大の温室を持つ大阪の植物園・咲くやこの花館と、東京・小石川植物園を巡ります。鮮やかな青が印象的なヒマラヤのケシの花や、雪の中のフクジュソウなど、可憐に花咲く植物を眺めつつ、誌上の旅をお楽しみください。

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日本各地の個性的な植物園

日本には、多彩な植物園があります。
希少な植物を栽培するところもあれば、市民の憩いの場として愛されている植物園もあり、それぞれの個性が際立ちます。

白馬五竜はくばごりゅう高山植物園
☎0261-75-2101 
長野県北安曇郡白馬村神城22184-10 
時間:8時15分~16時30分(入園は閉園の30分前まで)
開園:6月~10月
料金:ゴンドラ往復券2,000円(7/9~8/21は2,500円)を購入すれば入園無料

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雄大な北アルプスを望む高山植物園。山麓からゴンドラで約8分。コマクサやヒマラヤの青いケシなど、12万株の高山植物が楽しめる

神代じんだい植物公園
☎042-483-2300
東京都調布市深大寺元町5-31-10
時間:9時30分~17時(入園は閉園の1時間前まで)
休園:月曜(祝日の場合は翌日)、12/29~1/1
料金:500円(中学生200円、小学生以下無料)

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名刹・深大寺近くにあり、約4800種類、10万本の植物を植栽。園内はばら園、つつじ園など、植物の種類ごとに30ブロックに分かれる

東山動植物園
☎052-782-2111
愛知県名古屋市千種区東山元町3-70
時間:9時~16時50分(入園は閉園の20分前まで)
休園:月曜(祝日の場合は翌平日)、12/29~1/1
料金:500円

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約7000種類の植物を展示。開園当時「東洋一の水晶宮」と呼ばれた温室で知られる。園内には、近代の植物学者・伊藤圭介の遺品や関連資料を展示する「伊藤圭介記念室」も

箱根湿生花園
☎0460-84-7293
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原817
時間:9時~17時(入園は閉園の30分前まで)
開園:3/20~11/30(開園期間中無休)
料金:700円(小学生400円)

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湿原をはじめ、川や湖沼などの湿地に生育する植物を展示。日本に点在する湿地帯の植物200種類、草原や林、高山植物1100種類、外国の山草も含め、約1700種類の植物が観賞できる

京都府立植物園
☎075-701-0141
京都市左京区下鴨半木町
時間:9時~17時(入園は16時まで)
休園:12/28~1/4
料金:200円(高校生150円、中学生以下無料)

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日本で最初の公立総合植物園として、1924(大正13)年に開園。約24ヘクタールの敷地に約1万2000種類の植物を植栽。四季の花が咲く正門花壇、くすのき並木、秋の紅葉も圧巻。さくら林、ばら園、回遊式観覧温室なども

富士竹類植物園
☎055-987-5498
静岡県駿東郡長泉町南一色885
時間:10時~15時(入園は閉園の30分前まで)
休園:日曜~水曜
料金:500円(高校生以下200円)

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日本で唯一の竹の植物園で、リョクチクやソロバンチクなど世界の竹500種類を展示。竹の資料館には竹笹の標本、民芸品、生活用具、茶道具など竹に関するあらゆる分野の展示も

大阪市立大学附属植物園
☎072-891-2059
大阪府交野市私市2000
時間:9時30分~16時30分(入園は閉園の30分前まで)
休園:月曜(休日の場合は開園)、12/28~1/4
料金:350円(中学生以下無料)

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1950(昭和25)年に大阪市立大学理工学部附属の研究施設として発足。日本産樹木約450種類を植栽し、日本の代表的な11種類の森の型(樹林型)を復元している

掛川花鳥園
☎0537-62-6363
静岡県掛川市南西郷1517
時間:9時~16時30分(入園は閉園の30分前まで)
休園:第2・4木曜、祝日・繁忙期を除く
料金:1,500円(小学生700円)

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熱帯の鳥と花を集めた花鳥園。大温室やスイレンプール、池や牧場などを備え、熱帯の花が1年中咲き誇る。メンフクロウやハシビロコウなど、ユニークな人気の鳥も近くで観察できる

高知県立牧野植物園
☎088-882-2601
高知市五台山4200-6
時間:9時~17時
休園:12/27~1/1、2022年は6/27、9/26、11/28
料金:730円(高校生以下無料)

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高知出身の日本の植物分類学の父・牧野富太郎博士の業績を顕彰し、1958(昭和33)年に開園。園地には博士ゆかりの野生植物など3000種類以上を植栽。「牧野富太郎記念館」には博士の蔵書や遺品など約6万点も収蔵

富山県中央植物園
☎076-466-4187
富山市婦中町上轡田42
時間:9時~17時(11月~1月は16時30分まで。入園は閉園の30分前まで)
休園:木曜、12/28~1/4
料金:500円(12月~2月は300円)

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日本海側初の総合植物園で、屋外には「世界の植物ゾーン」「日本の植物ゾーン」があり、富山県固有の植物も観賞できる。5棟の温室には熱帯や高山帯、中国雲南省の植物などを展示

*掲載情報は2022年1月時点のものです。おでかけの際は各植物園のサイトなどでご確認ください。感染拡大防止の観点から、ご旅行をご検討の際は、政府およびお住まい、ご旅行先の都道府県の要請や最新情報をご確認ください

出典:ひととき2022年3月号

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