「藤枝出身の日本画家・北村さゆり展」を訪ねて
昨年12月11日(土)から静岡県藤枝市の藤枝市郷土博物館・文学館で開催中の「藤枝出身の日本画家・北村さゆり展」。
藤枝市郷土博物館・文学館
1月10日(月・祝)には、記念講演会「私が文学とかかわって」が開催されました。地元の方々だけでなく、遠方から駆け付けた方もいて定員50名の予約席は満席。当日知った来館者も会場外の廊下で聴講できる配慮がなされるほどでした。2時間立ちっぱなしで熱く語る北村さゆりさんのお話に、時間を忘れて引き込まれました。
幼少時の伸び伸びと楽しそうに描かれた作品に始まり、美術予備校時代のデッサン、初めて描いた日本画、幅7.4mにもなる大作「蝉の音」(山種美術館蔵 昨年12月21日より展示)、そして1997年の新聞連載小説挿絵の仕事に始まり現在に至る文芸作品の表紙画・挿画について、一部実作品を見せながら、制作のきっかけや、スケッチ、下図から本画までの制作過程、その時の心情を、表情豊かに語ってくださいました。
和装がとてもお似合いの北村さゆりさん。着物の色は、日本画の顔料で言うと「美緑青の8番に近い」とのこと。帯は、洋画家・小出楢重(1887~1931)による直筆の絵が描かれている貴重なものです。※撮影のためにマスクを外しています。
展示室は、日本画が大小合わせて約30点、文芸作品のカバー原画が41冊分、挿絵が300点余り配置され、大小さまざま、圧倒されるほどの量であるにもかかわらず、とても見やすく楽しめます。その理由は、展示がこの文学館の施設の構造を上手く生かした構成になっているからではないかと感じました。
日本画では珍しいと指摘される、影が描かれた作品や、光を反射しながらやわらかに揺らぐ水面を描いた作品の前に立つと、描き留められているのはある一瞬なのに、絵のなかではいつまでも静かに漂っているかのように見えてきます。
《映・春の風》2016年 182cm×273cm
展示室では、「あ、これ蓮華寺池公園じゃない?」「そうだよねぇ」「きれいだねぇ」と思い思いに楽しむ声があちこちから聞かれ、日常の光景を多く描いてきた画風に誘なわれるように、とてもアットホームな雰囲気であるのも印象的でした。
また、特定の作品以外は撮影OKなのも驚きです。気に入った作品を写真に撮って持ち帰り、またそれを見ながら誰かと北村さゆりさんの作品について話したり、今の言葉で言うならシェアすることができるなんて、とてもすてきなお土産になります。
お土産と言えば、会場入り口に置かれている配布用の「出品目録」と「北村さゆりが関わった書籍・文芸誌一覧」は、小さな存在ながらも圧巻です。美術用語で言う「カタログ・レゾネ」を髣髴とさせるほどの情報量。
特に「書籍」関係については、著者・出版社・出版年、そして装幀・カバーデザインの装幀家・デザイナー名が網羅されているという充実ぶり。1冊の本をめぐる制作者のチームワークの一端も垣間見られる資料となっていて、この展覧会開催への熱量を感じさせる、もう一つの労作に感銘を受けました。
『中世ふしぎ絵巻』(西山克・文 北村さゆり・画 ウェッジ)原画展示コーナー
会期中は、なんと北村さゆりさんによるギャラリートークも開催されています。作品を前に、ジャズ・セッションのように惜しみなく制作エピソードを披露されるため、予定時間を過ぎてしまうことも度々だそうです。
約40年間の画業を拝見して、展示室入り口に掲げられている北村さゆりさんの言葉の一節が再び思い浮かびます。
絵は、自由です。画材はなんでもいいのです。
やりたいようにすればいいのです。
大切なのは、心が動くことだと思っています。
若き葛藤の日々から、益々充実する現在まで、「心の動き」の軌跡をゆっくりと辿ったような、静かで温かい気持ちになりました。
文・根岸あかね
藤枝出身の日本画家 北村さゆり展
文学とのかかわりが与えてくれた可能性
会 場:藤枝市郷土博物館・文学館 展示室
静岡県藤枝市若王子500
☎054-645-1100
会 期:2021年12月11日(土)~2022年1月30日(日)
休館日:月曜日(祝日は開館、翌日閉館)、年末年始
主 催:藤枝市、藤枝市郷土博物館・文学館
https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/kyodomuse/index.html
施設の隣接地には、市内が一望できる小高い丘の上にある、地元で大人気の「ジャンボすべり台」(体験者年間150万人!)や、ボートも楽しめる蓮華寺池があり、市民の豊かな憩いの場になっています。周辺にはおしゃれなカフェやお食事処が点在しており、こちらもお勧めです。
北村さゆり
1960年 静岡県藤枝市生まれ 1986年 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻加山又造&米谷清和クラス卒業/1988年 多摩美術大学大学院修了/2001年 平成13年度文化庁新進芸術家国内研修員/2003年 平成15年度静岡県文化奨励賞
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