旅は列車でおもしろくなる|文=恵 知仁
移動の道中を楽しめる「線の旅」であること。「鉄道の旅」が持つ大きな魅力だと感じている。
映画のジャンルを確立している「ロードムービー」しかり、『東海道中膝栗毛』しかり、移動の道中に旅の魅力が存在するのは、普遍的な事実だろう。
もっとも、道中がない旅というのも変な話だ。典型的なバスツアーのように個々の観光名所をめぐっていく「点の旅」と比べ、旅のおもしろさにおいて道中の割合が大きいのが「線の旅」、というぐらいの意味である。
ではなぜ鉄道は、道中を楽しめる「線の旅」なのか。適度に不自由、かつ社会との関わりがある中で過ごすためではないか、と思う。
仕方なく発生してしまった、乗り換え列車を待つ駅での中途半端な時間。立食いそば店が目に留まり、「きしめん」なる掲示が気になってくる。
注文してみると、名古屋駅のそれとはまたスタイルが異なる。多めに盛られた刻み油揚げ。あわせて注文した稲荷寿司も、油揚げの味が濃く印象的だ。
この場所は、「日本三大稲荷」のひとつとされる豊川稲荷が近い、愛知県の豊橋駅。何かゆかりがあるのだろうか……と、油揚げをかみしめながら、思わぬところで旅情がわいてくる。
列車に乗車中、誰かと関わることもある。
かつて九州を走っていた夜行特急「ドリームつばめ」では、韓国から来たという中年男性と、列車の終着駅である博多のラーメンについて、英語交じりの日本語で話した。
夜、乗客がほとんどいなかった山陰本線の普通列車では、地元の中年女性から話しかけられた。その女性が働く飲み屋への招待(有料)のようだった。
中学生の頃、上野~青森間を結んでいた夜行急行「八甲田」では、同じく鉄道旅行中だった大学生くらいの男性と縁があり、ジュースをごちそうになった。遠慮すると、「君も将来、誰かにおごってあげてよ」と言われた。
また、私はその世代ではないが、列車の同じボックス席に座った人同士で冷凍ミカンなどをおすそ分けする風景は、かつてよくあったと聞く。
「鉄道の旅」は適度な不自由さ、制約があり、かつ社会的空間、関係性の中で過ごすことから、食や物、人との出会い、関わり、発見といったイベントが発生しやすい。それゆえ道中を楽しむ「線の旅」になり、そこが「鉄道の旅」の大きな魅力になっていると思う。
時間とともに連続的に変化していく車窓も、「線の旅」のいい舞台装置、演出装置である。途中下車してその土地の空気に触れようと思えば触れられる、遠すぎず近すぎない距離感もいい。
しかし、冷凍ミカンおすそ分けのような文化は過去のものであるし、イベントの発生はランダムだ。そもそも能動的に何かを行ったり、関わったりするには、エネルギーがいる。見ず知らずの場所や人相手では、なおさらだ。
そうしたなか近年、「線の旅」という「鉄道の旅」が持つ魅力を、手軽、かつ高い確率で楽しめるスタイルが広く定着しつつある。観光列車だ。
観光列車で、アテンダントからバースデーカードをもらったことがある。
高知県を走る観光列車「志国土佐時代の夜明けのものがたり」でのこと。誕生月に限りグリーン車の旅をお得に楽しめるJR四国の「バースデイきっぷ」を使い、乗車していたため、検札時にお祝いの言葉をいただき、その後、手書きのバースデーカードが届いた。
この観光列車でアテンダントは、皿鉢料理風の食事を配膳する際にはその説明を、鏡川の橋ではその川で泳ぎの特訓をした坂本龍馬の逸話紹介を、沿線で列車へ手を振っている人がいれば知らせてくれた。乗客と列車、地域、人との関係をつくることが、観光列車アテンダントの仕事なのだ。
またこの観光列車では、途中停車駅で地元の人たちがその乗客のために食品や工芸品を販売する。四万十町のガイドが乗車してきて「東山」という地元のサツマイモを使った焼菓子を配る、といったイベントもあった。
食や物、人との出会い、関わりといったイベントがお膳立てされており、
それらをつないでくれる人がいる。そこで旅行者がそれぞれの道中を楽しむのが、観光列車である。
いわゆる観光列車のことを、JR九州は「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と呼んでおり、JR四国は一部の特徴的な観光列車について「ものがたり列車」と表現し、列車名にも入れている。
道中を楽しめる「線の旅」が魅力の鉄道。それを手軽に味わえる観光列車で、自分たちのロードムービーをつくってみてはいかがだろうか。旅の楽しさが、きっと広がるはずだ。
文=恵 知仁 イラスト=菅原さこ
──1872(明治5年)に開業して以来、安全性や時間の性格さ、乗り心地を追求し、日本の鉄道は世界に誇るインフラとなりました。本誌では、鉄道旅の魅力をよく知る鉄道好きのモデル・市川紗椰さんが定期列車としては日本唯一の寝台特急・サンライズ出雲に乗車し、神々が集う聖地・出雲大社の参詣へ向かいます。夜から朝へと流れゆく車窓と、心地よい走行音の響きとともに、東京から遠く離れた出雲を目指すこの旅をぜひお楽しみください。
▼ひととき2023年5月号をお求めの方はこちら
出典:ひととき2023年5月号