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板谷由夏さんと行く――長崎、自由な器めぐり【波佐見焼】

長崎県の山間でつくられる「波佐見焼(はさみやき)」。最近、雑貨ショップやデパートで見かけることが増えてきました。器と料理が大好きな女優・板谷由夏(いたやゆか)さんと、陶磁器の目利き、黒田瑠美さんが、現地に訪れ、器めぐりを楽しみます。(ひととき2021年3月号特集「長崎、自由な器めぐり」より一部抜粋してお届けします。)

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焼きものの町 陶郷 中尾山

「空気がおいしい!」

 丘の上に立って、板谷由夏さんが深呼吸する。目の前にはぎっしり並ぶ瓦屋根。その合間に、にょきにょきと幾本も空に向かって伸びるレンガの煙突。山に囲まれた小さな集落は、しっとりと潤んだような静けさに満ちている。

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波佐見町の中心部から離れた陶郷 中尾山。煙突を備えた窯が軒を連ねている

 板谷さんと黒田瑠美さんがやってきたのは波佐見焼のふるさと、長崎県波佐見町(はさみちょう)。丈夫で扱いやすい、普段づかいの器が波佐見焼だ。

 でもそれだけではない。機能的でシンプルなデザイン、あるいはかわいらしくもモダンな絵柄、はたまた懐かしい雰囲気なのにダイニングテーブルにもよく似合う形……自由で元気で、遊びごころ満載のこの町の焼きものは、ここ10年ほどで知名度と注目度を急カーブで上げている。

 ここは町の東側の中尾郷(なかおごう)にある陶郷中尾山(なかおやま)と呼ばれる地区である。集落のまんなかを川が流れ、透明な水のなかでクレソンの群生が揺れている。家々の間を縫うようにめぐる石畳の長い路地をどこまでも、宝さがしの気分で歩いていく。

 そう本当に、ふたりの旅の目的は、自分だけのお宝さがしだ。町じゅうに点在するたくさんの窯元を訪ねながら、お気に入りの器を見つけること。

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西の原にある南創庫で器を選ぶうち、「これもかわいいんじゃない?」「こっちも使いやすそう」と、盛り上がる板谷さんと黒田さん

 器好きの板谷さんが波佐見町に来るのは3回目である。板谷さんは福岡県生まれ、家族や友人たちと窯元めぐりをするのは、昔から気軽なレジャーのひとつだったそうだ。

「九州のひとにとって、焼きものはすごく身近なものなの」

 という。

 なるほど、確かに肥前のこのあたりだけでも、唐津、有田、三川内(みかわち)など有名な産地が多い。

 黒田さんは東京・銀座の老舗陶磁器ギャラリー「銀座 黒田陶苑」の4代目だ。お店で扱うのは北大路魯山人などの大家や若手新進作家たちの陶芸作品で、黒田さんも目利きとして目下研鑽中だが、

「そういった美術品と、日常の食器とはまた別のもの。コーヒーが好きだから、お茶の時間がもっと楽しくなるような器があるといいな」

 と笑顔になる。

 中尾山には20軒近い窯元や販売店が集まっている。ぶらぶら路地を歩いていれば、きっと幸運にめぐりあうに違いない。

「わあ、これ面白い」

 光春窯(こうしゅんがま)は釉薬を独自に使いこなし、繊細な色を表現することで評判の窯元だ。ここのショップで板谷さんが手に取ったのは、つやつやと白く、ころんと丸みを帯びた「お重ね」。普段は食器として、重ねて収納できる。お正月にはひっくり返して2つ重ね、てっぺんに橙(だいだい)(これも焼きもの)を載せれば、お重ねの飾りのできあがり。1年じゅう使えるすぐれモノなのだ。

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中尾山を散策中、光春窯で見つけたユニークな皿。鏡餅が皿に早変わりするかわいさに、板谷さん、ひと目ぼれで即ご購入!

 そういったさまざまなアイデアを実現し、波佐見焼の人気を支えているのが、この地で培われ受け継がれてきた確かな技術である。知名度があろうとなかろうと、400年以上も前から連綿と途切れることなく、町は焼きものをつくり続けてきたのだから。

 レンガの煙突は大正から昭和にかけて使われていた石炭窯の名残だ。さらにもっと古く、江戸時代の初めには窯が開かれていたこの地区には、なんと規模が世界第1位と第2位という巨大な登り窯の跡も残されている。「大新登窯(おおしんのぼりがま)」と「中尾上登窯(なかおうわのぼりがま)」はそれぞれ全長160メートル以上、30以上の窯室を持ち、山肌を駆け上がるように築かれた。

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窯の建物のレンガ煙突が、いかにも焼きものの町らしい

 近隣で豊富に採れる陶石と燃料の松を使って日々何千枚、何万個という皿や碗が焼かれ、全国津々浦々にまで運ばれていく。町内には他に第3位の登り窯跡もあり、30以上もの古い窯跡が発見されている。

 この地で確立された大量生産の技術は大幅なコストカットを可能にし、それまで特権階級のための高級品だった磁器製品の価格を押し下げた。そして日々の暮らしのなかで良い品をつかう喜びを、よりたくさんのひとが知ることができるようになったのだ。

 現在でも波佐見焼は、日用食器の国内生産シェアで約16パーセントを占める。

個性豊かなたくさんのギャラリーショップ

 中尾山から町の中心部にやってきた。さてこの波佐見町、全体ではおよそ50の窯元と、製品を仕入れて流通させる商社が30社ほどあるそうだ。地図を見ながらお目当ての窯元を目指すもよし、のどかに続く家並みを眺めながら足の向くまま歩くもよし。看板や標識を見つけては、

「ここ楽しそう!」

「このお店にも入ってみたい!」

 とわくわくするのも楽しみのひとつ。

 古い町家を改装したショップや、こだわりのコーヒーを出すカフェを併設したギャラリーなど、あそこも、ここも、とめぐるうち、お店に出入りする女性たちのグループと何度もすれ違う。

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中尾山と並び、製陶が盛んだった皿山郷〈さらやまごう〉の窯元・小吉〈こきち〉陶園が開いたギャラリーショップaiyu〈アイユー〉。木調の落ち着いたスペースに、使う人の日常に寄り添った器が並ぶ C?E植物をモチーフにした優しい雰囲気の器が人気の藍染窯のギャラリーショップNo.1210〈ナンバーイチニイチゼロ〉。波佐見焼のカップでコーヒーが飲めるスペースもある。Dは木苺模様のカップ、Eは伝統的な藍色を使った「藍ブルー」

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西の原にあるイソザキ珈琲 Shady〈シェイディ〉では、自家焙煎の豆で淹れたコーヒーを波佐見焼のカップで飲める。豆の購入も可

「『メイド・イン・ジャパン』は、最高の品質を保証する最強の言葉なんです」

 と、黒田さん。

「弊店でも、作家の一点ものの器に『メイド・イン・ジャパンと入れてほしい』という外国のお客さまもいるくらいですから(笑)。世界じゅうのいろんな産業が自国を出て、物価の安い土地に生産地を移す流れのあるなかで、ここでこうやって地元に根差したものづくりが続いているというのはすばらしいことだと思います」

 板谷さんお馴染みの窯元・京千(きょうせん)でつくられているのは、ヨーロッパの顔料を使った赤い器、動物や植物をモチーフにした箸置きやアクセサリーなど、愛らしい表情の焼きものだ。板谷さん、

「ここで買ったお皿を、自宅で割ってしまって」

 グリーンの地に白い雲が浮かび、まるで1枚の布のような心地よさを感じさせる大ぶりのプレート。しまい込んでおくのはもったいない、だからそれでいいのである。使って割れれば、こうやってまたお店を訪ねることもできるのだ。久しぶりに再会したオーナーの娘さんと、おしゃべりに花が咲く。娘さんの腕のなかには小さな赤ちゃん。

「こうして時の流れを感じられるのもすごくいいな。前回来たときには、赤ちゃんはいなかったもの」

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京千は、淡い色合いの器、動物モチーフのかわいい箸置きや置物、ボタン、アクセサリーに至るまで、多彩な焼きものが魅力の窯元

 ランチの席に落ち着いて、板谷さんがいう。波佐見町のレストランで使われるのはもちろんみんな、波佐見焼の器だ。いろんな模様の蕎麦猪口(そばちょこ)に料理が盛り付けられ、それをひとつひとつ手に取って見比べながら味わうのは楽しい。それに波佐見町は農業も盛んだから、お米も野菜も美味しいのだ。

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ランチは、人気の和食店・AKARI~月光~へ。「波佐見焼御膳」(1,650円)は、いろいろな窯元の蕎麦猪口に新鮮な刺身や揚げたての天ぷらが盛り付けられ、気に入れば同じ蕎麦猪口を購入できる

 窓の外には田んぼが広がり、体育の授業だろうか、高校生が列になって走っていく。桜並木が川堤に長く続き、開花の季節を待っている。

文=瀬戸内みなみ 写真=佐々木実佳

【旅人のお二人】

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板谷由夏(いたや・ゆか)
女優、モデル。福岡県生まれ。1994年にモデルデビュー。99 年、映画「avec mon mari」で主演デビューを果たし、ヨコハマ映画祭最優秀新人賞に輝く。数々の映画やテレビドラマで活躍し、日本テレビの報道番組「NEWS ZERO」ではキャスターを11年間つとめた。現在も、女優や、自身のファッションブランド「SHINME」の運営と子育てを両立させながら活躍。子どもの頃から陶器市が身近にあり、実はたびたび波佐見町を訪れている、器通。

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黒田瑠美(くろだ・るみ)
東京・銀座の陶磁器ギャラリー「銀座 黒田陶苑」4代目。ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校卒業。帰国後、家業であり、北大路魯山人の作品の専売店として創業した「黒田陶苑」に入る。現在、父である3代目社長・黒田佳雄氏の下、国内外に日本の焼きものの魅力を発信中。「波佐見町を訪れるのは初めてで、どんな器に出会えるか楽しみです」
波佐見町への行き方
博多駅から長崎本線有田駅(約1時間20分)下車、乗合タクシー(1日1000円、要事前予約)で約10分。もしくは三河内駅(約1時間30分)下車、バス(バス停「三河内駅入口」から「嬉野」または「内海」行き)で約15分

やきもの公園
波佐見町観光協会☎ 0956-85-2290
波佐見町井石郷2255-2
https://www.town.hasami.lg.jp/kankou/meisho/1284.html
aiyu
☎0956-85-2600
波佐見町皿山郷380
(時)10時~17時 
(休)日曜、祝日(営業時間や休日は変わることがあります)
https://aiyu-hasami.com/
京千

☎0956-85-6911
波佐見町小樽郷550
(時)10時~17時 (休)日曜
http://www.kyosen-nagasaki.jp/
AKARI~月光~

TEL 0956-85-7267
波佐見町湯無田郷1158-1
(時)11時30分~14時、夜は要予約
(休)月曜
https://www.facebook.com/akari.hasami/

――まだまだお二人の旅は続きます。本誌では、およそ400年の歴史があるにもかかわらず、近くの窯業地、有田や伊万里の陰となり、あまり知られることのなかった波佐見焼がここ数年でモダンに変化を遂げ、海外でも人気になった理由に迫ります。この続きはぜひ本誌にてお楽しみください。

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世界の焼きもの窯を再現した波佐見町の「やきもの公園」で、空に向かって深呼吸! 板谷由夏さん着用衣装:ジャケット/スタイリング/ルミネ新宿1店(スタイリング バイ ケイ シラハタ)☎03-6302-0213 ブラウス、パンツ/いずれもサードマガジン☎03-5784-2588
特集「板谷由夏さんと行く 長崎、自由な器めぐり」
◉紀行1 波佐見の器は楽しく賑やか!
[コラム]焼きものの町を知る1 中尾山と上登窯
◉紀行2 波佐見がHASAMIになったわけ
[コラム]焼きものの町を知る2 くらわんか舟と波佐見焼
◉教えて黒田瑠美さん! 器選びのいろは
◉長崎、自由な器めぐり〔案内図〕

出典:ひととき2021年3月号

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