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デヴィッド・ボウイが涙した正伝寺|旅人=松重豊さん(俳優)

凛とした空間、清々しい空気——。白砂の上に配された石組や苔だけの禅の庭は、どこまでも簡素でありながら、わたしたちの心のうちに静けさをもたらす不思議な力があるようです。でも、それはいったいなぜなのでしょう? そのひみつに近づくため、新しき年の初め、俳優の松重豊さんと、京都・禅の庭を巡る旅に出かけました。(ひととき2022年1月号特集松重豊さんと旅する 京都・禅の庭より一部を抜粋してお届けします)

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松重 豊(まつしげ・ゆたか)
俳優。1963年、福岡県出身。大学卒業と同時に蜷川幸雄主宰のGEKISYA NINAGAWA STUDIOに入団、演劇活動を始める。近年では、テレビドラマや映画にも多数出演。著書に『空洞のなかみ』(毎日新聞出版)がある。NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に出演。

 中学生の頃から洋楽好きで、音楽をテーマとしたラジオ番組のパーソナリティーを務める松重さんが次に向かったのは、洛北・西賀茂にある正伝寺しょうでんじ。この寺は、イギリスのロックスター、デヴィッド・ボウイが愛したことで知られている。大の親日家だったボウイは、日本での焼酎のCM撮影を依頼された折に、自らこの寺での撮影を希望した。撮影中、庭園を見つめながら、ボウイは涙を浮かべていたそうだ。外国のロックスターの心を震わせた禅の庭。彼の心の裡には、どんな思いがあふれていたのだろうか――。

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市内の喧騒を離れた洛北に、ひっそりとたたずむ臨済宗南禅寺派の正伝寺

 その枯山水は、江戸時代初期の武将にして茶人、作庭家でもあった小堀遠州こぼりえんしゅうが築いたとされる説もあるが、明治時代の廃仏毀釈はいぶつきしゃくで荒れた庭を昭和初期に作庭家、重森三玲しげもりみれいを中心とした有志が整備したという。

 土塀に囲まれ、白砂に3群のサツキを植栽した枯山水は、はるかに比叡山を借景とした心静まる庭園。西芳寺の庭とはまったく趣を異にする。

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江戸時代初期に作庭された正伝寺の「獅子の児渡しの庭園」。7、5、3の石を組み合わせて築く枯山水の庭は、「七五三形式」と呼ばれるが、正伝寺ではサツキの刈込によって、右から七五三調を表現している

日本の美に浸る庭

 広縁ひろえんに坐したり、立ち上がったりしながら、遠くにかすむ比叡の霊峰をしばし眺める松重さん。

「まるで一幅の絵のような光景ですね。日本的情緒にあふれています」とようやく口を開いた。

「舞台演出家の蜷川幸雄にながわゆきおは、〈マクベス〉を戦国時代に、〈王女メディア〉を琵琶法師に置き換えて世界で上演しました。シェイクスピア劇やギリシア悲劇の舞台を日本に変えることで、日本人の美意識をアピールしたんです。それは外国人にとって、鮮烈に映りました。日本の歴史や文化に対しては、僕ら日本人よりも外国人のほうが興味を持っていることも多く、彼らから気づかされることもしばしばです。ボウイも〈日本〉を深く理解していたんでしょうね」

 日本の美が凝縮されたような正伝寺の庭からは、中秋の折に、比叡山頂からのぼる月が見られる。また山間にあるため、冬にはこんもりと雪が積もった枯山水に出会えることもあるそうだ。

 日本の四季の移ろいにそっと寄り添うように、さまざまな姿を見せる庭を前に、松重さんがぽつりとつぶやいた。

「日本のよさを、もっと知りたいなあ」

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正伝寺広縁の血天井。関ヶ原の戦いの直前に落城した伏見城の廊下の板が使われている

旅人=松重 豊 写真=中田 昭
文=阿部孝嗣

阿部孝嗣(あべ・たかし)
著述家・編集者。1948年、北海道生まれ。2006年より10年間、曹洞宗の機関誌『禅の風』や『禅の友』の連載で、全国の職人への取材を続ける。著書に『職人の日々は禅』(開山堂出版)。

――本誌1月号では、松重さんが「苔寺」として知られる禅刹・西芳寺を訪れ、その苔の意外な成り立ちを知ることで禅の心に触れます。また、龍安寺の石庭を眺めるうちに、役者としての自分の在り方にひとつの確信を見出します。引き算によって美を生み出すという「禅の庭」をめぐる旅に、あなたも一緒に出かけませんか。

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【特集】松重 豊さんと旅する 京都・禅の庭
◉枡野俊明さん×松重 豊さん
 はじめましての“禅問答"
◉京都・禅の庭を旅する
 西芳寺 正伝寺 龍安寺
◉京都・禅の庭〔案内図〕
正伝寺
京都市北区西賀茂北鎮守庵町72
開館時間:9時〜17時 
料金:400円
☎075-491-3259
http://shodenji-kyoto.jp/

出典:ひととき2022年1月号


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