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昔も今も変わらない「凶事」を避ける手立てとは?

「生」と「死」の距離がとても近かった中世の日本。災害や疫病によって社会が不安で覆われたとき、中世の人々は何を信じ、どのように対処しようとしたのでしょうか。当時の「日記」をもとに、中世の怪異を時代背景とともに解説した書籍『中世ふしぎ絵巻』(西山 克・文/北村さゆり・画)より抜粋してお届けします。

中世ふしぎ絵巻RGB

 不思議な花が咲くこともある。

 場所は古都奈良の御蓋山(みかさやま)のふもとに鎮座する春日大社。日本の最高の貴族である摂関家の氏神をまつったあの神社である。その春日大社につかえる神主の日記『中臣祐賢記(なかとみのすけかたき)』弘安三(1280)年八月三日の条に、奇妙な報告書が書きあげられている。銀花が咲いたというのである。その報告は詳細をきわめ、春日大社を構成する四つの神殿と若宮御殿のすべてにわたって、咲いた柱と、その花の本数が書きあげられている。

 もっとも銀花といいながら、春日大社ではこれが本当に花なのかが議論の的となった。二人の陰陽師が呼び出されたが、片方は花と言い、片方は花ではないと言い、意見はまっこうから対立してしまった。この花のようなモノは何なのか。困惑した神主たちは興福寺に代官を派遣し、お知恵拝借に及んだが、その際の寺側の返答がさらに奇妙なものであった。興福寺はつぎのように言ったのである。

 「花か花でないかは、鏡の上にこの花のようなモノを置いて、刀で切ってみたらわかるよ。花であれば切れないし、花でなければ切れるから」

 で、この花のようなモノを切ってみたら、見事に切れた。だからこれは花ではないということになった。

 ただ、話はこれでおしまい――ということにはならなかった。気になった春日社側はすぐに先例を調べていた。いままでにもこうした不思議があったのかどうか。そのときは、どんな対処をしていたのか。たとえば長承二(1133)年三月には、第三神殿の柱に金花が咲いた。ここでは金花と言っているが、弘安三年の銀花と同じものだろう。このとき、春日社側は摂関家の氏長者(うじのちょうじゃ)*1 に、金花が咲いたという報告書を届けていた。

*1:氏族の統率者

陰陽師による手立て

 こうした場合、一般に摂関家では陰陽師による占いをおこなう。こうした普通ではない現象は「怪異」とみなされていたからである。怪異はただの不思議なできごとではなかった。それは近未来におこる凶事の予兆と考えられていたのだ。喧嘩や刃傷沙汰があるかもしれない。いや戦争だっておこりかねない。疫病はどうか。

 この怪異の考え方の基本は、国家や天皇を守ることにある。だから朝廷では頻繁に怪異に関する占いがおこなわれていた。丁寧な場合は、神祇官(じんぎかん)に所属する卜部(うらべ)が、海亀の甲羅をカマボコの板状に切り取って灼く亀卜(きぼく)と、陰陽寮に所属する陰陽師が、式盤(しきばん)という特殊なアイテムをつかう占いが、同時におこなわれた。これを軒廊御卜(こんろうのみうら)という。紫宸殿(ししんでん)*2 脇の軒廊という場所でおこなわれる卜占(ぼくせん)だからである。そこで論じられるのは、怪異が生じた原因と、その怪異がどのような凶事の兆しであるのか。そしてもちろん対処法。つまり凶事を逃れる手立てについてである。

*2:平安宮内裏の正殿。もとは公事を行う場所であったが、九世紀後半以降は国家的儀式も行うようになった

 摂関家でもこれを踏襲した。ただ、摂関家の場合は亀は灼かない。陰陽師による占いがおこなわれるだけである。長承二年のケースでも、やはり氏長者のもとで占いがおこなわれた。その結果は、藤原氏の公卿たちになにか禍(わざわい)がおよぶから、慎みなさいということであった。

 さて、弘安三年の銀花事件のことである。興福寺が奇妙な実験をおこなったにもかかわらず、春日社は不安だったのであろう。先例のリストを添えて、摂関家に報告書を届けている。摂関家では陰陽師安倍有光(あべのありみつ)らに命じて、この怪異の吉凶を占わせた。その占いの結果がやはり『中臣祐賢記』にまるごと書きあげられている。

 まず、銀花が咲いた原因。これは春日大社の神事に手違いがあり、本来清浄であるべき社殿が不浄となっているからだ。では凶事は? これは口舌・闘争であるという。口舌は言い争い。ようは争いごとがあるぞということだ。ではどうやったらその凶事から逃れられるのか。その手立ては物忌(ものいみ)、つまり謹慎という訳である。

 金花銀花という花のようなモノが咲くだけで、なにやらとても厄介なことになっているのはおわかりいただけるだろう。

金花銀花の正体

 金花銀花という花のようなモノ――私はずっと勿体ぶった言い方をしてきた。そろそろその正体について語ってもいいころだろう。じつはこれは卵である。クサカゲロウという昆虫の卵。

 クサカゲロウは二センチ前後の黄緑色の体に繊細で透明感のある翅(はね)をもつ、まさにはかなげなカゲロウで、金花銀花はその卵なのである。形はたしかに花に似ている。これを伝説の優曇華(うどんげ)の花に見立てる民俗が存在するほどだから、昔の人びとが珍奇なものとして眺めていたことは確かだろう。

 春日大社という神々の宿る清浄であるべき場に、ある夜、不思議な花が咲く。それは咲いてはならない花だ。なにかが狂っている。摂関家では当代一流の陰陽師たちを招き、占いをおこなう。なにがおこったのか? いやなにがおこるのか?

 怪異は未来の予兆なのだ。戦争や飢饉や疫病や、そうした不確かな未来への不安のなかに、金花銀花は咲いている。

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【参考文献】
・竹内理三編『鎌倉遺文』(東京堂出版)

 西山 克=文 北村さゆり=画

西山 克(にしやま まさる) 京都教育大学名誉教授
東京都生まれ。京都大学大学院博士課程単位取得。東アジア恠異学会前代表。著書に『道者と地下人―中世末期の伊勢―』(吉川弘文館)、『聖地の想像力―参詣曼荼羅を読む―』(法蔵館)などがある。
北村さゆり(きたむら さゆり) 日本画家
静岡県生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。宮部みゆき著『三鬼 三島屋変調百物語四之続』(日本経済新聞出版)の表紙を担当するなど幅広く活躍中。

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