【KUSKA<クスカ>】手織りの丹後ちりめんから生まれる、三次元の美しさを持つネクタイ
今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2017年2月号 「メイドインニッポン漫遊録」より)
オール ハンド メイド イン タンゴ
ネクタイがファッションアイテムとなるのは、VANが登場した60年代のアイビーブームの頃からである。70年代に入るとラルフローレンが幅広のネクタイでデビューするなど、着こなしの主役になっていく。80年代には、DCブランドやプレッピーブームでカジュアルな着こなしにも欠かせなかった。
しかし最近はクールビズやウォームビズもあり、昔ほどネクタイがファッションの主役になることはない。むしろ欧米の男たちのように、地位や役割を表現するためのより趣味性が高いアイテムになってきている。高価な腕時計を身に着けるのと同じ感覚である。
そんななか、銀座の和光をはじめ、老舗のデパートや有名セレクトショップのネクタイ売り場で、海外の高級ブランドと肩を並べて扱われているメイドインジャパンのネクタイがある。「クスカ」というブランドだ。
フレスコ、ヘリンボーン、ジャガードなど豊富な織りとカラーが揃って価格はおよそ13,000円~
ブランド名は、京都の丹後ちりめん店の由緒ある屋号からとっている。丹後ちりめんの白生地を製造販売してきた老舗の若き3代目社長が、伝統、ファッション、芸術の3つの融合を目指して立ち上げたブランドである。糸づくり、染色から縫製まで、すべて職人の手仕事にこだわり、丹後で1本1本つくっている、〝オールハンドメイドインタンゴ〟のネクタイなのだ。
そこで今回は、丹後ちりめんの手織り技術を生かした世界で唯一のネクタイをつくっているクスカを訪ねて、ワレワレははるばる京都の丹後まで旅してまいりました。
天橋立。笠松公園より
丹後の海と伝統を愛するイケメン社長
京都駅でさらに電車を乗り継いで約2時間。日本3景の天橋立にもほど近い、京都府北部丹後地域の与謝野町(よさのちょう)は、古くから丹後ちりめんの生産地として知られている。現在も和装用白生地織物の国内シェアの約6割を占めているが、近年は海外から安い生地が入ることと着物の需要の減少によって、最盛期の50分の1にまで落ち込んでしまっている。
ちりめん街道(上)、舟屋で有名な伊根まで約15キロ程行ってみた(下)
創業昭和11年(1936)。与謝野町で80年にわたって丹後ちりめんの白生地を製造販売していたクスカも状況は同じであった。いやはや失礼ながら、機織(はたおり)工場を併設した本社兼事務所はすぐ近くで秋には裏庭に柿の木が実を結び夏には蛍も舞うという、どこか懐かしい里山の民家のような佇まいであります。
「私が子どもの頃は、町を歩けば織機の音が聞こえてきました。祖父の時代には丹後全体で1年間に約1000万反織っていましたが、父の時代になると50万反を切っていました」
そう語るのは、ワレワレを出迎えてくれた3代目社長の楠(くすのき)泰彦さん。のどかな丹後の里山の風景とはミスマッチな日に焼けた顔に白い歯が眩しい、ファッション誌のモデルになってもおかしくないイケメン社長である。
楠社長。イケメンですね、と言うと照れ笑い
中学高校は野球に明け暮れた泰彦さん。高校卒業後はサーフィンに魅せられて、その腕前は全国大会に出場するほど。東京の建設会社に勤めていたが、転機は29歳の時。帰省した際、自社の職人が1越1越丹後ちりめんを織っている姿を見て「日本人として、この技が途絶えてしまうのはもったいない。よし、僕がやってみよう!」と決意する。織物業が衰退していく中、両親の反対を押し切り稼業を継ぎ、糸から織り方まで、職人にみっちり3年かけて教わり、32歳で3代目社長に就任。代々受け継がれてきた屋号をブランド名にしてクスカを立ち上げた。
織り組織や風合をチェックする母親の八千代さん。この道50年の丹後ちりめん職人
「ものづくりのベースは自分が使いたいなと思うものです。そう考えたら、丹後ちりめんに一番合うのはネクタイなんですね。いいシルクでつくった上質なハンドメイドのネクタイは、結んだ時に〝きゅっ〟と鳴るんです」
そう言って、ネクタイの結び目をきゅっと直す楠社長。お洒落なジャケットスタイルはクスカの着こなしのお手本にもなっている。
お洒落に締めるコツはプレーンノット(結び目を小さくつくる結び方)で、結び目にティンプル(窪み)をつくること。「丹後ブルー」のネクタイをした楠社長のVゾーンがよいお手本だ
オールハンドメイドインタンゴにこだわるネクタイは現在20アイテム、100カラーほどあり、毎年春と秋に新作を発表する。機織り職人が手仕事で織っているので、なんと1台の織機で1日2~3本しかつくれないのだ。
独自に開発した手織り機で1越1越経糸と緯糸を組み合わせて職人が織っていく
さっそく、機織工場を見学させてもらうことにした。工場内は窓から明かりが差し込むだけで意外と薄暗い。楠社長が「織り組織や風合などを最終的にチェックするには、自然光が一番いいんです」と教えてくれる。
機織り機が数台並ぶ部屋の扉を開けると、職人さんが黙々と機を織る音だけが、シャーッシャーッと聞こえる。なんだかまるで鶴の恩返しの決して開けてはならない部屋のようで、ちょっと不思議な光景である。
楠社長は代々受け継がれてきた自社の手織り技術をネクタイづくりに生かしたいと、あえて機械織機を処分して新たに職人も雇い入れた。ネクタイを織る機は地元の大工職人と工夫して自ら開発したネクタイ専用のものだ。
「例えるなら機械織りは平面的な2次元で、手織りのネクタイの陰影がある立体的な美しさは3次元なんです」と熱く語る楠社長。
そうやって出来上がるクスカのネクタイのコレクションに「丹後ブルー」と名付けられた1本がある。光の加減で青にも紺にも藍色にも見える美しいブルーのネクタイだ。
「いつもサーフィンに行く美しい丹後の海の色をネクタイで再現したくて名付けました」
ホントに言うこともやることも格好いいったらありゃしません。メイドインタンゴのネクタイは、男のファッションの主役なのだ。
いであつし=文 阿部吉泰=写真
いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
◉クスカ
<所在地>京都府与謝郡与謝野町岩屋384-1
<URL>https://www.kuska.jp/
出典:「ひととき」2017年2月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。
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