【京都】狂言師・茂山逸平さんに訊く「夏しごと、土用干し」

2023年7月19日 06:00

京の町には、盛りの暑さと腕比べをするごとくの挨拶ごとやら、行事やら「夏しごと」があります。そして、ひとしごとを終えた心身への至福のご褒美となる美味、涼味も。そんな夏の京都の表と裏を京都在住の人気狂言師、茂山逸平さんと探訪します。盛りの暑さの中でしか成し得ない「夏しごと」の代表格、茂山家総出の装束の糊づけ、面の虫干しを、ちょこっと拝見！（ひととき8月号特集「京の夏しごと」より）

　7月末から8月前半にかけて、暑さもピークを迎える夏の土用に衣類や書物を陰干しして湿気を飛ばし、カビなどを防ぐメンテナンスは、以前は普通の家でもよく見かけた夏の風物詩的作業であった。

　空調も整い「土用干し」と言えば梅干しくらいしか思い浮かばない昨今。しかし狂言の茂山家では、この時期、若手役者が集まって、のべ10日間ほど、「麻装束の糊のりづけ」と「面おもての虫干し」を行うのが恒例。その作業風景を逸平さんの案内で覗のぞかせていただいた。

　能、狂言の家では、面はもとより、装束や小道具類も自前。舞台で必要なもののほとんどを所有し、着付けも手入れも自分たちで行うのである。

糸、針三年、糊五年　

　まず「糊づけ」から。作業拝見の前に、ちょっと狂言の舞台を思い描いてみよう。そこには大名、太郎冠者、僧侶、山伏など、さまざまな格好の人たちが出てくる。それら登場人物が着ている装束のいちばん外側、たとえば裃かみしものように肩のあたりがピンと張った上着「肩衣かたぎぬ」や、袖のたっぷりした「素袍すおう」、そして長短の「袴はかま」等々、それらは大概、麻で仕立てられている。その麻装束が舞台で使ううちに、草臥れたり皺しわになったり。逸平さんいわく「ヘニャヘニャになってきたものを、糊をあて直してシャキッとさせる」のが、「糊づけ」の作業である。

「姫のり」と呼ばれる着物用の糊を、水で緩めて、装束に刷毛はけでシャーッと。一見、簡単に見えるが、糊の具合、力の加減、さらにピンと張らせたいところは濃いめに、着たら見えないところは生地への負担が極力少ないよう薄めに、など工夫のしどころは一様でない。さらに糊をあてる人、装束を着ける人、それぞれの好みもあり、同じ肩衣でも麻の厚さも経年変化もさまざまで、それらを按配あんばいしつつの作業には経験が要る。「糸、針三年、糊五年」とも言われるそうだが（糸、針とは着付けを整えるための糸づくり、縫い留めなど）、それはたんに習得への年月を示すだけの合言葉ではないのだろう。舞台に立つばかりでなく、裏の仕事も如才なくこなせて一人前。そんな示唆も含まれているようだ。

　内弟子に入った人は装束のたたみ方も覚束おぼつかない1年目から見よう見まねに、また「家の子」と呼ばれる一家の息子さんたちは中学生くらいになれば「邪魔してるのか、手伝うてるのかわからんような感じ」でこの夏しごとにデビュー。必死で糊をあてて乾いたら、手が切れそうなくらいバキバキになった、色が移った、柄が泣いた（滲にじんだ）と、さまざまな粗相、失敗の中、「これやったん、誰や⁉」との怒号叱声を潜くぐり、勘どころをつかんでいく。そうして装束との馴染なじみを深めるのだろうな、と傍はた目めには思うけれど、ご当人たちは「そんな特別なもんやないです、夏の部活みたいなもん」と、ごく淡々。

　この淡々あればこそ、今の暮らしの中では着ない、見慣れない、動きにくくもあろう室町時代あたりの扮装が、カツラも化粧も施さない現代の狂言役者さんたちに、あれほど馴染むのだろう。そして数百年の時を超え、かつての人々と、共に笑い合える舞台が出来上がっていくのだろう。

「面の虫干し」は盛夏の中でもさらにお天気の良い数日を見計らい3〜4日。猿、狐、狸に犬、福の神に大黒、うそ吹き、毘び沙しゃ門もん、武ぶ悪あく、黒式こくしき尉じょう等々、蔵に収められている面を次々に、御簾みすのかかる夏支度の座敷に所狭しと並べ、表、裏と干しながら剝落やカビがないかを調べる。中には、時代を聞けば腰を抜かしそうなものも多いが、こちらの作業もまた、淡々。「うち、博物館と違うんで。使うものなんで」。

そうこうしてすべての作業が終わる頃、縁側に涼風が通り、秋が立つ。

旅人＝茂山逸平　構成・文＝安藤寿和子　写真＝二村海

――本誌では、「京の夏しごと」として、清水さんの千日詣りへ茂山逸平さんが訪れます。狂言ではお寺が出てくるお話が多いものの、そのほとんどが清水寺か因幡堂。逸平さんと旧知の仲であるという清水寺執事の大西英玄えいげんさんと、かつての「千度参り」から現在に続く観音信仰について語っていただきます。8月9日から16日の千日詣りは、千度のお詣りにの功徳をたった一日でいただける機会であり、普段は立ち入り不可の本堂内々陣への参詣路が開く貴重な時。ぜひ本誌をご一読ください。

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目次
●清水さんの千日詣り
●茂山家の土用干し
●［コラム］ちょっと体験夏しごと
●「口福の涼味」あれこれ

出典：ひととき2023年8月号

茂山逸平（しげやま・いっぺい）
大蔵流狂言師。1979年生まれ。茂山千五郎家一門の中核として「花形狂言少年隊」「TOPPA！」など結成。広い層に向けた舞台やNHK連続テレビ小説「京、ふたり」「オードリー」等の出演、他ジャンルとのコラボ公演など多彩な活動で人気を博す。新進芸術家海外派遣制度でフランスにも留学。

茂山狂言会「秋」
～二世千之丞政次生誕百年祭
故・二世千之丞政次の生誕100年の今年、孫の三世千之丞が「花子〈はなご〉」のシテを務めます。また、二世千之丞の作・演出による話題の新作「妙音へのへの物語」を、世代交代の配役にて上演します。
【日時】9月23日（土・祝）13時30分開場、14時開演
【会場】金剛能楽堂（京都市上京区烏丸通中立売上ル）
【問い合わせ】☎075-221-8371（茂山狂言会事務局）

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