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「ひととき」の特集紹介

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旅の月刊誌「ひととき」の特集の一部をお読みいただけます。
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記事一覧

【井波彫刻】次世代の彫刻家、田中孝明さん「目の眩む明かりではなく、軒先に下がる灯を発信していきたい」

 井波彫刻は欄間、というイメージを強く持っていればいるほど驚きが大きいのが、田中孝明さんの作品である。最初に目にしたのは、3体の女性像だった。細やかに匂い立つような小さな姿。それぞれ名がついていて、「たね」「みず」「ひかり」。田中さんは言う。 「観る方がその方なりの種子を見つけていただき、水を与え、光を浴びて芽を出していけるように、との願いです」  表面の滑らかさも鑿だけの技だ。サンドペーパーではどうしても質感が生まれない。糸のように細い刃で、囁くように削っていくのだろう

【井波彫刻】木槌の音が響く町、井波彫刻のみなもと(富山県)

綽如上人が開いた瑞泉寺井波には木彫刻の長い歴史が流れ、現在も100人をこえる数の人が制作に携わっているという。まさに日本を代表する木彫刻の聖地である。そのみなもとが八日町通りに導かれる古寺であると聞いてきた。真宗大谷派井波別院瑞泉寺だ。  山門が見えてきた。瑞泉寺は、砺波市と南砺市にまたがる高清水山系の北端である八乙女山を背にして立っている。  輪番(別院の最高責任者)の常本哲生さんに訪問のごあいさつをする。背筋の伸びた立派な体格であり、きわめて物腰の柔らかな高僧の常本さ

旅は列車でおもしろくなる|文=恵 知仁

 移動の道中を楽しめる「線の旅」であること。「鉄道の旅」が持つ大きな魅力だと感じている。  映画のジャンルを確立している「ロードムービー」しかり、『東海道中膝栗毛』しかり、移動の道中に旅の魅力が存在するのは、普遍的な事実だろう。  もっとも、道中がない旅というのも変な話だ。典型的なバスツアーのように個々の観光名所をめぐっていく「点の旅」と比べ、旅のおもしろさにおいて道中の割合が大きいのが「線の旅」、というぐらいの意味である。  ではなぜ鉄道は、道中を楽しめる「線の旅」な

【駿府の工房 匠宿】静岡の伝統工芸に触れる|林家たい平さんと楽しむ駿河和染

駿府の工房 匠宿駿河和染、駿河竹千筋細工や漆など、今川・徳川時代から静岡に伝わり、いまも大切に受け継がれている伝統工芸の数々に触れられ、体験もできる。伝統工芸の体験施設としては国内最大級。広い施設内の各所に匠の技がちりばめられているので散策も楽しい。 地元・丸子の養蜂場の蜂蜜を用いたドリンクなどが味わえるカフェ「HACHI & MITSU」、地元の名店の味を引き継ぐ「蓬きんつば ときや」、クラフトビールなど食も充実。静岡みやげも揃う。 型染体験~「ミナ ペルホネン」の描き

【駿府の工房 匠宿】お茶染めでサスティナブルな染物を|林家たい平さんと楽しむ駿河和染

丸子宿~東海道五十三次 二十番目の宿場 丸子宿にある「駿府の工房 匠宿」。鷲巣恭一郎さんは、工房「竹と染」内の和染の工房長になって1年余り。静岡の茶葉を使った独自の染物を編み出したパイオニアで、「お茶染めWashizu.」を立ち上げた。 「紺屋町にあったうなぎの寝床みたいに細長い家に育ったんです」。半纏やのれん、幟など印物と呼ばれる型染を請け負う紺屋は、染めの作業で布を張るため細長い土間が作業場で、鷲巣さんはその五代目に生まれた。病に臥した父の後を継ごうと決めたのは21歳。

【静岡市立芹沢銈介美術館】林家たい平さんと楽しむ駿河和染

「やあ、今日は富士山がめちゃめちゃきれいだね」と林家たい平さん。  目指す芹沢銈介美術館は、登呂公園内にある。教科書にも載っていた高床式倉庫の先に、くっきり富士が姿を現していた。  たい平さんが、芹沢銈介の存在を知ったのは武蔵野美術大学3年生の時。落語家になることを決めていたたい平さん、落語家必須の手ぬぐいが世間から忘れられつつある状態を危惧し、手ぬぐいのよさをポスターで表現したいと先生に相談した。 「そしたら、『芹沢銈介*という人がいるから見てみなさい』と言われて、図

長崎 中華菓子をたずねて|異国菓子ものがたり

真心込めて作る〝元祖よりより〟 萬順製菓  1571年に長崎が開港すると、ポルトガル船が長崎へやってきた。しかし江戸幕府は次第にキリスト教に対する取り締まりを強め、貿易と同時に布教を行っていたポルトガル人はやがて追放されることになる。1641年、無人になった出島には平戸からオランダ商館が移され、このとき幕末まで続く鎖国体制が完成した。  その少し前から、中国からの船・唐船の入港もまた、長崎港に限定された。キリスト教徒ではない中国人は当初、町中に住むことができたので、江戸時

お菓子の島、平戸へ|長崎 異国菓子ものがたり

 平戸は「お菓子の島」だ。はるかな歴史に育まれた、甘い記憶にたゆたう島。  それは砂糖の記憶である。平戸の菓子はとろけてしまいそうなほど、甘い。なぜならその甘さこそが、経済力と文化、そして先進性の証だったから。かつて砂糖は遠い外国から運ばれてくる、高価で貴重なものだった。400年以上もの昔にその砂糖を受け入れる玄関口になったのが、平戸だ。  遣隋使・遣唐使のころから海外との重要な交通拠点だった平戸に、初めてポルトガル船が入港したのは1550年のこと。南蛮貿易の始まりである

【奈良】甦る仏像~新納忠之介の技と心を継ぐ者たち

 よく晴れた青い空に、ラクダのこぶのように、あるいは猫の耳のように、ふたつの頂がくっきり浮かんでいる。奈良と大阪にまたがる二上山だ。ふたつがいかにも仲睦まじそうでほのぼのした気分となりつつ、この山を背にして建つ當麻寺へ向かった。  来る前に聞いてはいたが実際に仁王門を目にし、思わず声をあげてしまう。ふたつ並んで守っているはずの仁王様、金剛力士像のひとつが欠けている。まるで二上山のひとつの頂が姿を消したかのような喪失感。残るもうひとつの仁王様も恐い形相ながら、どこかさみしそう

【東天王 岡﨑神社】おみくじも提灯も卯づくし「狛うさぎ」|京都 動物アートをめぐる旅

「京都は歴史があるだけでなく、同時に新しいものを受け入れる自由な気風がある。そこがこの街の底力だと思います」  伝統と現代を掛け合わせる竹笹堂*のセンスに心酔した様子の金子さんと訪れたのは、平安神宮近くの岡﨑神社。平安遷都に際して王城鎮護のため、都の東(卯の方位)に建立されたことから東天王とも称されている。また、かつてこの地域一帯にノウサギが多くいたため、兎は氏神の使いと伝えられている。その境内には、昭和時代の提げ灯籠などとともに、平成と令和に建立された狛犬ならぬ「狛うさぎ

新年特別鼎談「京都──動物アートの魅力」@京都国立博物館

神社にいる狛犬は……金子信久 今日は動物の美術のお話を面白くできるといいなあと思って参りました。京都国立博物館は動物アートの宝庫ですよね? 淺湫 毅 例えば当館には獅子と狛犬がたくさん寄託されているんです。獅子と狛犬は私の専門分野である仏像ではないので、赴任前はあまり詳しくなかったのですが、縁起物ということでお正月に獅子と狛犬の特集展示をすることがありました。慌てて勉強しましたが、これが面白くて。 金子 獅子と狛犬は日本人にはおなじみの存在ですよね。 淺湫 ええ。でも、

風船みたいなぷっくり象(養源院・俵屋宗達『白象図』)|京都 動物アートをめぐる旅

「涅槃図には動物たちがたくさん描かれているでしょ。お釈迦様の死を動物たちが泣いて悲しんでいる絵。とくに象は、大きな体をよじるようにして、おいおい泣いている。あれを見るとすごくきゅんとしてしまうんです」  京都に向かう新幹線の中でそんな話をしてくれた金子信久さん。動物を探しながらの京都美術散歩のトップバッターは、洛東にある養源院だった。1594(文禄3)年、豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政の追善のために建立した寺である。 「ここには、俵屋宗達が描いた素晴らしい白象がいるん

日本三名山のひとつ、白山の麓で暮らす写真家の木村芳文さんが記録した「白山、手取川のひととせ」

春桜がほころぶ季節、白山の雪解け水は手取川へと注ぎこみます。川が運ぶのは水の恵みにとどまりません。水とともに運びこまれる大量の土砂こそが、扇状地をつくり、豊かな土壌を育みます。一般に扇状地は水に乏しいと考えられていますが、雪解け水で潤う手取川扇状地は豊かな水田地帯。水に浮かぶ小島のように見える集落は「島集落」と呼ばれています。手取川氾濫の被害を減らすため、わずかでも高い土地に家を建てる知恵です 夏清冽な水と飛び交うホタル──手取峡谷の環境の豊かさを象徴する光景です。ニッコウ

【鶴来】石川県最大の河川、手取川扇状地で“水の信仰”白山神社の総本宮へ

 山地での手取川は、勾配がきつく川幅も狭い。いきおい流れは速く、鋭い峡谷を創り出す。だが、山間を抜けて平地に出ると砂礫を運ぶ力を失い、ふいに手放してしまう。大荷物を背から下ろし、人が変わったように穏やかな表情になる。  下ろされた大量の砂礫が積もり、長い歳月を経て放射状に広がった地形が扇状地、すなわち扇をめでたく全開にした形の平野だ。その扇の要につくられた市街地が白山麓の玄関口、鶴来地区である。  なにはともあれこの地を訪れた報告として、白山を神体山とする加賀国一ノ宮、白