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なぜか2つある神話の舞台「高千穂」の謎 ──宮崎・霧島の二説並ぶ「天孫降臨の地」

文・ウェッジ書籍編集室

コロナ禍に見舞われた今年(令和2年)ですが、『日本書記』の編纂から1300年という節目の年でもあります。
記紀には、天照大神(あまてらすおおみかみ)が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を神々の住む高天原(たかまがはら)から地上に降臨させ、統治させたという「天孫降臨神話」が記されています。
その舞台として現在の宮崎県の「高千穂(たかちほ)」が知られていますが、不思議なことに、県内には北端と南西に「高千穂」があるのです。どちらが「天孫降臨の地」なのかについては古くから議論があります。
その謎について、『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(神道学者・三橋健編、ウェッジ刊)から見ていきます。

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九州に2つある天孫降臨の地

 記紀神話によると、天照大神の孫にあたる瓊瓊杵尊は、多くの伴をしたがえて高天原から九州の「高千穂」に降臨し、地上世界の統治者となります。いわゆる「天孫降臨神話」と呼ばれるもので、ニニギの子孫が天皇家へとつながります。

 天孫降臨の聖地である高千穂の比定地については、宮崎県北部の西臼杵(にしうすき)郡高千穂町と、宮崎県と鹿児島県との境に連なる霧島連山の高千穂峰(たかちほのみね)の二説があります。

 前者にはその古跡として高千穂神社があり、近くには「天岩戸(あまのいわと)」と呼ばれる岩窟をご神体とし、ニニギが鎮祭したと伝えられる天岩戸神社もあります。後者には霧島神宮が鎮座しています。

①天安河原

天岩戸神社の近くにある天安河原(あまのやすがわら)は、天照大神が岩戸に隠れた際に、神々が集まって天照大神が出てくるように相談をしたという伝説で知られる(宮崎県西臼杵郡高千穂町)

 どちらも同じ南九州に属するとはいえ、両者のあいだには100キロほども距離があり、どちらが本家かをめぐっては、江戸時代から議論があります。

『日本書紀』にみる「高千穂=霧島」の可能性

 ニニギ降臨地の正確な表記を記紀にみると、まず『古事記』では「竺紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穂の久士布流多気(くじふるだけ)」となっています。「竺紫」は九州全般の古称であり、「日向」は日向(ひゅうが)国(宮崎県)に限定されず、南九州全般のことを指すと考えられます。

 ちなみに、日向国は当初は薩摩国(鹿児島県西部)・大隅国(鹿児島県東部)の両国も含めていましたが、両国が分立したのは8世紀のはじめのことです。クジフルというのは、朝鮮半島の亀旨峰(クシボン)と関連づける説もありますが、和語の「奇(くす)し」から派生した語とみるべきで、「不可思議な聖なる山」というニュアンスだと考えられます。

 一方、『日本書紀』の天孫降臨の場面をみると、本文(正文)では「日向の襲(そ)の高千穂峰」となっています。一書(あるふみ)の第四、第六にも「日向の襲の高千穂」という表記がみられます。

「襲」は律令制下では大隅国に属した曾於(そお/贈於)郡のことをさすと考えられます。現在の鹿児島県霧島市にあたる一帯で、霧島連山も含まれます。

『古事記』の表記だけではなんともいえませんが、『日本書紀』の表記に注目するのであれば、「高千穂=霧島説」がきわめて有利になります。

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霧島神宮は中世には高千穂峰の入口にあったが、霧島山の噴火による焼失後は古宮跡となっており、現在は高千穂河原と呼ばれる(鹿児島県霧島市)

『日向国風土記』が記す「高千穂=宮崎県北部」

 ところが、『日向国風土記』逸文(いつぶん)には、ニニギの降臨地を日向国臼杵郡知鋪(ちほ)郷とする記述があります。そこは、現在の宮崎県西臼杵郡高千穂町にあたる場所です。

『日向国風土記』の成立は記紀よりも後のことですが、「高千穂」を連想させる「チホ」という地名がこの地域に古くからあったことは確かで、そうなってくると、「高千穂=宮崎県北部説」も捨てきれません。

 もっとも、高千穂は「高く秀でた山」「豊かな稲穂の山」という意の普通名詞ととることもできます。「日向」も「太陽に向かう光明の地」と解することができます。

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高千穂神社は高千穂郷八十八社の総社であり、約1900年前の垂仁天皇の時に創建したと伝えられる(宮崎県西臼杵郡高千穂町) 

 二説並ぶ「高千穂」ですが、いずれにせよ、太陽神の子孫が瑞穂(みずほ)の国の君主となるべく天降(あまくだ)る峰にふさわしい、神話的地名だといえるのではないでしょうか。

――「2つの高千穂」については、『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(ウェッジ刊)の中で詳しく触れています。本書の中では、このほか伊勢神宮や出雲大社をはじめ、今年で編纂1300年を迎えた『日本書紀』の舞台となった30の古社寺を謎解き風に紹介。全国主要書店およびネット書店でもお買い求めいただけます。


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