比叡山の麓で生まれ育った最澄|大遠忌1200年で迫る伝教大師の実像(1)
山折哲雄・編
文・ウェッジ書籍編集室
今年は最澄が世を去ってから1200年という節目の年にあたります。最澄と言えば、804年に中国(唐)に渡り、天台教義を学んだことで知られ、帰国後は、日本の天台宗を開くとともに、比叡山に延暦寺をつくり弟子の育成にあたりました。
大遠忌を迎えることから、今年から来年にかけて、東京国立博物館を皮切りに、九州国立博物館、京都国立博物館で特別展「最澄と天台宗のすべて」が開催され、最澄への注目が集まっています。
この連載では、宗教研究者の山折哲雄氏が編者を務める書籍『最澄の足跡に秘められた古寺の謎』から、内容を抜粋・再編集するかたちで最澄の実像に迫ります。
最澄の生年は766年か、767年か?
日本天台宗の開祖である伝教大師最澄は近江国(滋賀県)の出身で、奈良時代の生まれですが、誕生年については2つの説があって、かねて論争の的となってきました。
1つは神護景雲元年(767)とする説です。最澄に関する最も基本的な伝記『叡山大師伝《えいざんだいしでん》』は最澄入寂の翌年にあたる弘仁14年(823)または天長2年(825)の成立とされます。ただし同書は生誕年を明記しているわけではなく、弘仁13年(822)に寂した最澄の享年を「五十六」(数え年)と記しているので、そこから逆算して767年という生年が導かれるということです。
もう1つの説は天平神護2年(766)で、こちらは当時の公文書にもとづくものです。たとえば、宝亀11年(780)に近江国府によって発給された、最澄を得度させることを認める「近江国府牒」は、当時の最澄の年齢を「十五」と記しており、そこから逆算すると、生年は766年となります。なお、最澄の生年を766年とする公文書はこの他に2つあります(「度縁」「僧綱牒」。ただし、現存する「近江国府牒」と「度縁」は正文ではなく案文)。
近年では後者の説が尊重されるケースが多いようなので、この連載でも後者の説、つまり最澄の生年を天平神護2年(766)とする説に立って書き進めます。
比叡山からの眺め。最澄はのちに天台宗を開くことになる(滋賀県)
近江の渡来系の名家に生まれる
最澄の出身地(本貫)は、前掲の「国府牒」などによれば、近江国滋賀郡古市郷になります。滋賀郡の南端を占める郷で、現在の地名でいうと、滋賀県大津市南部の瀬田川西岸一帯にあたります。粟津市という市が置かれ、北側に琵琶湖を臨み、交通や通商の要衝として古くから栄えた土地で、瀬田川を渡った対岸の栗太郡には近江国府がありました。
最澄の出生地については、比叡山東麓の大津市坂本にある生源寺のある場所がそれだとする伝承があります。最澄の俗姓は三津首、俗名は広野といい、父親の名前は百枝であったと伝えられています。母親については、後世の伝説では、名を藤子といい、のちに妙徳夫人と改めたとされます。
生源寺。創建は延暦年間(782~806)。最澄生誕の地とされる(滋賀県)
三津首氏(正確には、「三津」が氏で「首」は姓)は、『叡山大師伝』によれば、中国・後漢の孝献《こうけん》帝(在位189~220年)の末裔で、孝献帝の子孫登万貴王が応神天皇の時代(4~5世紀)に来日し、近江国滋賀郡に居地を賜り、また三津首の氏姓を賜ったといいます。
後漢の皇帝の子孫であるとか、応神朝に渡来したといった話は伝説の域を出ませんが、三津首氏が大陸もしくは朝鮮半島から海を渡ってやって来た、いわゆる渡来人の系統であったことは間違いないでしょう。近江の琵琶湖岸には三津首氏のほかにも孝献帝の子孫と称する渡来系氏族が多く住み着いていたとされます。
前掲の「近江国府牒」には、三津首氏の当時(780年)の戸主が「正八位下」の「三津首浄足」であると明記されています。浄足を最澄の父百枝の別名と解する説もありますが、最澄の祖父か伯父の名とみる説もあります。「正八位下」は位階で、地方官人としては上位にあたります。
ところで、漢字をはじめとする海外の先進的な文化や学問は渡来人によって日本にもたらされて広まった面が大きく、彼らは伝統的に文筆の技に優れていました。日本に仏教が広まったのも、渡来人の影響がきわめて大きいといえます。
最澄は、渡来人が多くて外来文化の色彩が濃い、いうなればハイカラな地域の、比較的裕福な役人の一族のもとに生を承けたといえるでしょう。
――大遠忌1200年で注目集まる最澄については、『最澄の足跡に秘められた古寺の謎』(山折哲雄監修、ウェッジ)の中で、写真や地図を交えながらわかりやすく解説しています。
◎本書の目次
第1章 最澄の生涯Ⅰ――生誕から入唐まで
第2章 最澄の生涯Ⅱ――開宗から遷化まで
第3章 延暦寺をめぐる
第4章 最澄ゆかりの古寺
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