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もの作りの熱気に触れたことが財産(作家・平松洋子)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画

旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画わたしの20代。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2021年6月号より)

 突飛な話ですが、私の20代は高校時代に見た「傷だらけの天使」と「6羽のかもめ」という2つのドラマに影響されています。「6羽」は、解散寸前の劇団の群像劇で、テレビ業界の内幕も描かれる。「傷だらけ」と同時間で、どっちも見たくて、チャンネルをガチャガチャやったとき、ふと映し出された「6羽」の場面は忘れられません。テレビ局の制作部長役の中条静夫さんが、夫婦関係がうまくいかず、バーにいる。その背中だけでシーンが作られている。すごいと思いました。ドラマには演出というものがある、これはもの作りだと興味を持ったんです。

 東京で社会とダイレクトにつながる仕事がしたいと思っていた大学4年生の時、フジテレビが出す新しいタブロイド紙の書き手を探していると聞いて、参加しました。普通なら組織に就職して社会とのつながりを学んでからと思うんでしょうけど、まどろっこしかった(笑)。

 タブロイド紙では、インタビューをメインに担当しまして、1980年頃から「スタジオアルタ」に出入りしました。そこに関わるフジテレビのスタッフ、演出家、脚本家、演劇関係の人が、ものすごく面白かった。自分が「よい」と思うもののために全力でぶつかる。殴り合いが始まって、羽交い絞めにされても、おしぼりをつかんで投げつけてる。こどもみたいなんですよ(笑)。そういう中で出会った人が、「6羽」の演出家だと知ったときは、驚きました。野放図に粗削りに、熱だけでものを作っていくゴリゴリした感じ。ああ、仕事ってこうやってするものなんだと、20代の小娘のときに肌で感じたことは、私の財産です。

 そういう人たちを知って、自分は何をしていくか。もともと在日外国人たちに話を聞く仕事を続けていて、話に出た各国の料理を現地ではどうやって作り、道具は家の中のどこに置いてどう使うのか、知らないと書けない。23歳で香港に行って以降、韓国にも足繫く通うことになりました。どうしたら恥ずかしくないものを書けるか、つかめるか。何者かになりたいとか、理想を追うのとは違う。精いっぱいのことをしたら、次に進んでいける。そう思って必死で仕事をした20代でした。

談=平松洋子 構成=ペリー荻野

松

「知りたい」「書きたい」衝動に駆られていた学生時代。撮影は妹さん
平松洋子(ひらまつ・ようこ)
作家。1958年、岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学卒業。世界各地を取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆している。著書に『夜中にジャムを煮る』(新潮文庫)、『買えない味』(ちくま文庫、Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞)、『野蛮な読書』(集英社文庫、講談社エッセイ賞受賞)ほか多数。「週刊文春」では「この味」を連載中。

出典:ひととき2021年6月号


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