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【連載】東京アビシニアン(14)Roppongi

 明け方から決行した抗議活動に、斎藤はいやいやながらつき合ってくれた。素人じみた真似するんじゃないと、機嫌はかんばしくなかったけど、結果的に十人くらいの仲間も集めてくれた。どれくらい払ったんだろう。毎回協力者を買収しないといけなくなると、先の見通しは暗い。幸い、市民が声を上げるのが珍しい国だから、とたんにニュースやバラエティー、ワイドショーのカメラが回って来た。遠巻きに騒ぎを撮影するメディアたち。もっと近づけばいいのに、あたしたちが何をやらかすのか、得体が知れずに怖がってるんだね。腰が引けてるのは笑えるよね、なにも獲って喰ったりしないのに。
 
 果敢にも、あたしにマイクを向ける取材陣もいた。顔を背けたり、レンズを振り払ったりはしない。むしろ、画面の向こうにのうのうと座っているあいつに話しかけるつもりで、まっすぐに前を見つめる。
「あたしたちは社会の変革を望んでるんです。いまの日本は若者に割を食わせる、未来のない仕組みであふれています」
「それにしても、『革命』なんて物騒ないい方しますねぇ」
「鋭い言葉を使わないと、もう誰も危機感を感じないところまで来てるでしょう?」
「それなら、『猫出てこい』って、これはどういう意味ですか? なにかの隠語?」
「相手は見ればわかりますよ。大物政治家の密かな渾名あだなってことに、しときます。」
「もしかすると、副大臣経験者の猫村議員でしょうか? それとも、先日の委員会で議長を務めた、菰田こもだ議員も…自宅に住みついた三毛猫を猫かわいがりしていると、SNSで話題をさらっていますが……」
「ノーコメント、で」
 そんなやりとりが全国放送で流れたのだから、計画としては成功だが、ほかにまともなニュースはなかったのかと頭を抱えたくなる。

「ほんっと、馬鹿げたプラカードだよなぁ」
 斎藤は身体から力が抜けたみたいな笑い方をした。制作費用10円(段ポールはお店の裏からくすねてきた。かかったとすれば前後を留めるガムテープ代ってとこ)の段ボールプラカードを抱えて一日中六本木の駅前で晒しものになってたんだから、妙な気持ちにもなってくる。交通を本気で妨げる気はなかったから、あたしたちは近くの交番で厳重注意を受けるだけで済んだ。で、解散したのが夜の7時過ぎ。
 慰労の気持ちを込めて、乱暴に奴の肩を叩いた。
「なんか奢ってあげるよ。何がいい」
英恵ハナエ優しーじゃん。じゃっ俺、クランベリージュースとチーズベーグル、お口直しにティラミスね」
「黙れー」
「痛ってえー」
 本気でぶっ叩かないと、黙らないやつ。
「それより英恵、テレビなんか出ちゃって。店、クビになるよ」
「上等だよ、あんな店やめてやる」
「落ち着けって。俺からは何も言わないから、な。あんまり無茶な真似すんなよ」
「はいはい」
 生返事で返しながらも、あたしの意識は違う場所にある。猫はかならず連絡してくるはずだ。それを待ちながら、次の作戦を練る時だ。(つづく)

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