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小説「万引き家族」(是枝裕和監督作品)を読みました

是枝裕和さんの「万引き家族」を読みました。

東京の高層マンションが立ち並ぶエリアの中にある、ただ一か所だけ立ち退きの手から逃れた、古い木造平屋の一軒屋が舞台です。



そこに住むのは、次の6人です。

柴田初枝はつえ(家主|80歳手前。パチンコ好き。窃盗犯)
柴田おさむ(初枝の息子|40代半ば。日雇い労働者。万引き常習犯)
柴田信代のぶよ(修の妻|30代半ば。クリーニング屋のパート従業員。窃盗犯)
柴田亜紀あき(表向きは、信代の異母妹|20代前半。風俗嬢)
柴田祥太しょうた(10歳。学校には行っていない。修と共に万引きを行う)
柴田りん(5歳。近所の団地で両親から虐待を受け、外廊下に座り込んでいる所を修と祥太が柴田家に連れて来た。本名は北条じゅり。連れて来た当初、じゅりの声が小さく十分聞き取れなかった事で、柴田家の人々は「北条ゆり」だと思っていた。後に柴田家での名前を「りん」とした。)

小説が始まった時点では5人でしたが、ほどなく「りん」が加わり6人家族となりました。

なお、ここでは全て柴田姓と書きましたが、家主の柴田初枝と血の繋がりのある者は誰もいません。しいて何かしらの繋がりを挙げるならば、亜紀と初枝が姻族側の親戚関係にあったという事くらいです。

初枝と亜紀の詳しい繋がりについては説明が込み入ってしまいますので割愛させていただきますが、時おり初枝が亜紀に向けて語りかける言葉の意図が、この繋がりを理解する事によってよく分かるようになります。


それぞれの生い立ちについて。

おさむ(本名 |榎 勝太えのき しょうた) ・・・ 中学の時には既に父がおらず、高校の時に窃盗で停学処分を受けています。
◆信代(本名 |田辺 由布子たなべ ゆうこ)・・・ ホステスとして勤務していた店で修と知り合います。信代は当時の夫からDVを受けており、修と信代はその夫を殺害して土に埋めましたが、二人ともに正当防衛が認められ執行猶予付きの判決となりました。信代は実の母からもネグレクトの被害を受けていました。
◆亜紀(本名|同じ)・・・ 中流以上の家庭に生まれました。妹(さやか)の才能に嫉妬し家出を考えていた所に、バスの中でたまたま出会った初枝からの誘いを受けて家出を決心して、柴田家に加わりました。
◆祥太(本名|不明)・・・ 両親がパチンコ狂だったせいか、真夏のパチンコ屋の駐車場の車中に放置されぐったりしていた所を修に救出され、そのまま柴田家に加わりました。祥太はまだ小さく、両親の記憶もありません。祥太の捜索願が出なかったのかどうかについての記述はありません。
◆りん(本名|北条じゅり)・・・ 先述の通りです


さて、本編のお話です。

柴田家に人が集まったそもそもの原因は、初枝の夫にあります。(夫は既に亡くなっており、初枝は遺族年金を受給しています)

浮気した夫が初枝と幼い息子を残して出て行ってしまい、数十年後にはさらにその息子夫婦も出て行きました(これは普通の事だと思いますが...…)、独りになってしまった初枝は空白を埋める為に、たまたまパチンコ屋で出会った榎勝太と意気投合し、勝太と生活を共にしていた田辺由布子と共に柴田家に呼びました。

榎勝太には実の息子の名である「修」を、田辺由布子にはその嫁の名である「信代」の名を与え、その事で初枝にとって「本来あるべき家族の姿」を取り戻す事ができました。

その後、祥太と亜紀、さらにりんが加わり6人家族が作られたという流れです。

「にせものの家族」の中でも、子供たちは成長を続けます。

修に教えられるがままに、万引きという犯罪行為を当たり前の事にしていた祥太が、ある時、いつも万引きを行っていた商店の主人に「妹には(万引きを)させるなよ」と忠告されます。その忠告をきっかけにして、祥太が正しい方向へと変わり始めます。

5歳で柴田家にやって来たりんも、著しい成長を見せます。
虐待により完全に気力を失っていたりんが、祥太の帰りを心配し、蛹化し遅れたセミの幼虫の無事を見守り、自分の腕と同じ火傷の痕をもつ信代の傷痕を撫でます。肉体的にも歯が生え変わるなどの成長が見られました。

りんがなぜ「虐待されていた身でありながら自分以外の身を案じる事ができるのか」「私は自分の事だけを考えて生きて来た」「私とりんの違いは何なのか」 幼いりんを前に、信代も少しずつその理由を見出せるようになります。同時に家族に対する責任を自覚する様にもなります。

やがて、罪は裁かれます。

ある日、初枝が自宅で亡くなります。老衰という事で良いと思います。

りんの誘拐をはじめ、多くの罪を有する柴田家では他人を家にあげる事はおろか、救急車を呼ぶ事すらできない為、初枝の遺体を柴田家の床下に埋める事にしました。幼いりんにも「ウチは5人家族だよ」と言い聞かせます。

その後、祥太が万引きの現行犯で捕まってしまいます。逃走中に祥太は大怪我をして入院しますが、その手続の過程で柴田家のすべての犯罪が明るみになります。初枝の遺体も回収されました。

信代は家族に対し「すべては私がやった事にするから」と口裏を合わせます。

信代は服役し、
修はまたしても世に放たれ、
亜紀は警察の説明で、初枝が亜紀に対して隠していた事実を知る事になり、
りんは虐待親の元へ戻され、
祥太は更生の道を順当に歩んでいます。


心に残る事、気になった事といえば…

・りんが何故元の家庭に戻されたのかという点です。小説の最後に、りんの手に新たなアザがあると書かれています。

・家族で海に行った時に初枝が、声にならないほどの小声で「ありがとうございました」と呟いています。
 誰に対して、何に対してのお礼なのか。

・初枝がバスの中で亜紀に出会ったのは本当に偶然だったのか。実は初枝も、さらには亜紀の父親も知っていたのではないのか。

・最後にりんが外廊下で遊んでいる時に感じた「誰かの気配」の正体は何か、また小さな雪だるまは誰が作ったものなのか。

・信代が祥太とりん、それぞれの将来を思い涙を流すシーンが3度(だったかな?)あります。
 映画では安藤サクラさんが信代を演じておられます。ぜひ彼女の演技を見てみたいと思います。過去に映画を見てはいるのですが、そこまで意識が行き届きませんでした。改めてじっくりと鑑賞したいと思います。


最後に。

私たちが同時に見られる事って限られていると思います。
例えば、右を見ながら同時に左をみる事は出来ません。
右を見た後で左を見る事は可能ですが、その時には既に右側は別の姿をしているかも知れません。
大切な人を守るためには、一つでも多くの、できる限り正しい目で見守り、正しいものは正しいと、間違っているものは間違ってるよと、そう言い合える環境が作れれば良いなと思います。
この作品の中では、祥太が正しい道を歩むきっかけになるタイミングを店の主人が見逃しませんでした。あの主人の目がなければ、祥太は変わらなかったでしょう。
それは家族であっても、職場の仲間であっても、趣味の仲間であっても、名前も知らないネット上の仲間であっても良いと思います。
そんな社会になればいいなぁと、そんな風に感じた作品でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

宜しければ、同じ是枝裕和さんの作品「そして父になる」の感想もお読みくださいませ。


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