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【映画レビュー】『君はひとりじゃない(原題 : Body/Ciało)』

――4人目の主人公(文責・Mittechen)
 
 少し本題とは離れるが、ポーランドの国歌『ドンブロフスキのマズルカ』の出だしは「ポーランドはまだ滅んだりしない、わたしたちが生きている限り…」というフレーズから始まる。この国歌ができたエピソードについては後で説明するが、鑑賞後にふとこの歌詞が私の頭に浮かんだ。

 映画の感想に戻ると、この作品には3人のメインキャストがいる。検察官である父のヤヌシュ(演:ヤヌシュ・ガヨス)と、その娘で摂食障害を患うオルガ(演:ユスティナ・スワラ)、そして、彼女が入院している精神科病院のセラピストであるアンナ(演:マヤ・オスタシェフスカ)だ。

 ヤヌシュは検察官という仕事柄、犯罪捜査に関わったり遺体を目にすることも多いため杓子定規的で現実的なものの見方をするが、内心では心の整理がつかないために亡くなった妻の部屋を片付けることができなかったり、つらい気持ちをいまだに消化できないでいる。対する娘のオルガは非常に繊細だが、母の死をきっかけに自分の肉体を憎むようになってしまう。そして、母が亡くなった原因は家庭に無関心だったヤヌシュにあるという怒りを押し殺している。アンナは病院の中でもユニークなアプローチで患者の抑圧した感情を解き放つセラピストなのだが、ドクターには変わり者と疎まれている。一見すると健気で前向きではあるものの、生後間もなく失った我が子の喪失感から8年経たいまも立ち直ることができないでいる――。このように、それぞれ何かしらの悲しみや問題を抱えている登場人物たちの日常を、社会や人間関係へと視点を変えながら物語は進行していく。

 この作品において、彼らが現在の状況に至った経緯は、回想シーンや部屋にあるものを通してわかる程度で台詞ではほとんど触れられていない。そのような断片的な情報から、観る者が彼らの人生を想像してドラマを紡いでいく作品であったりする。そこでわかることは、いま生きているすべての人が何らかの喪失を体験し、ある人はそこから立ち直り、ある人は絶望にもがき苦しみ、またある人は喪失したのかどうかも認識できていないということだ。そして、どんな国や時代においても存在する「愛別離苦」というものが、一人ひとり異なる意味を持っていることに気づくのである。

 タイトルの《Body/Ciało》とは、彼らの肉体や亡くなった者たちの「身体(からだ)」だけではない。この映画の中だけに限定してみると「物体」であったり、広く表象としてのモノ(例えば、霊的・神秘的なもの)といった意味も含まれているように思う。また、舞台となるポーランドといえば伝統的にカトリックが広く信仰されており、先々代の教皇ヨハネ・パウロII世の出身地でもあるが、そういったイメージとは裏腹にこの作品の中では宗教が心のより所にはなっていない。乳児遺棄事件やヘイトクライムがテレビのニュースに流れたり、教会内でのスキャンダルがヤヌシュの職場での会話に登場するなど、どこか、これまでの枠組みが壊れかかっているような現代社会の歪みというものが垣間見える。もっと言えば、冷戦が崩壊しておよそ30年が経ち、経済化が進んでEUに組み込まれたこの国(あるいはメトロポリスとしてのワルシャワ)が、都市化された他の国と得てして変わらない問題を内包しているとも見ることができるだろう。

 冒頭に『ドンブロフスキのマズルカ』を引き合いに出したが、なぜ、この映画の鑑賞後にあの歌が思い浮かんだのか。(少々、恣意的な詞の解釈ではあるが…)亡き者(祖国)を思う人がただ一人でもいる限り、それは滅びることはなく記憶の中で生き続けるという一節と、登場人物の喪失から再生への物語がオーバーラップしたからだ。ちなみに、この歌は18世紀末のいわゆるポーランド分割で国土が消滅した際に歌われた愛国歌がもとになっている。

 『君はひとりじゃない』は、ベルリン映画祭で監督賞(銀熊賞)を獲得している。ちなみに、ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うが、この映画祭の受賞作品の多くはシリアスで、鑑賞後に人生や社会のあり方について深く考えさせられたりする。その中でこの作品がキラリと輝くのは、摂食障害や都市化する社会での孤独や、愛する者の死と喪失感という重いテーマでありながらも、ストーリーのいたるところに、クスッとしてしまうユーモアが散りばめられているところだ。家族や社会との関係性において、息苦しさや孤立感というものに直面したとき、何をよりどころにしたらいいのか、どう折り合いをつけていけばうまくいくのか。そういったことにかんするヒントも隠されている。

 核心に触れない程度にお話しすると、この映画のラストは観客にとって少々意外な展開が待っている。その場面では、メインキャストを除いて、誰も座っていない椅子がひとつあるのだが……。もしその椅子に座る人物がいるとしたら、彼ら同様に愛する者との別れを経験し、それを乗り越えてきた(あるいはこれから経験し乗り越えていくであろう)私たちなのかもしれない。
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『君はひとりじゃない(Body/Ciało : 2015)』
監督・脚本・製作:マウゴシュカ・シュモフスカ
(『ジュリエット・ビノシュ in ラヴァーズ・ダイアリー:2011』
『In the Name of...(ベルリン映画祭・テディ賞):2013』)
プロデューサー:ミハウ・エングレルト
キャスト:ヤヌシュ:ヤヌシュ・ガヨス
(クシシュトフ・キェシロフスキ監督『トリコロール/白の愛(1994)』)
オルガ:ユスティナ・スワラ(今作品でデビュー)
アンナ:マヤ・オスタシェフスカ
(アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森(2007)』)