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「シェルブールの雨傘」感想 こぼれ落ちる感情と余白

私が京本大我さんを初めて見たのは2015年のエリザベートでした。ルドルフを演じる彼に魅了され、先日の「ディズニー・ブロードウェイ・ヒッツ」以外は全ての外部舞台を観劇しています。私は舞台俳優としての彼へのこだわりがかなり強いこともあり、これまで彼の作品の感想を書いたことはなかったのですが、心境の変化があり「シェルブールの雨傘」の感想を書こうかなと思い、初めて筆を取っています。

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「シェルブールの雨傘」
荻田浩一演出上演台本翻訳 京本大我主演

舞台は、フランスの港町・シェルブール。自動車整備士として働くギイ(京本大我)は雨傘屋の娘ジュヌヴィエーヴ(朝月希和)は結婚を誓い合っていた。そんな時、ギイにアルジェリア戦争への招集がかかり、2人は離れ離れになってしまう。ギイが旅立った後自分の妊娠に気づくジュヌヴィエーヴだったが、戦地から届くギイからの手紙が少なくなっている事を不安に思う。そんな最中出会った宝石商のカサール(渡部豪太)はジュヌヴィエーヴに求婚し、お腹の子供と共にパリで生活をすることになる。招集から2年が経ち、戦地から帰ってきたギイが雨傘屋を訪れると雨傘屋はなくなっており、ジュヌヴィエーヴはパリに引っ越したと知らされる。失意のなか酒に溺れ荒れるギイだったがマドレーヌ(井上小百合)の支えもあり、ついにガソリンスタンドを経営する夢を叶え、マドレーヌに求婚する。数年後、子供と共にガソリンスタンドを訪れたのはパリでの生活を始めたジュヌヴィエーヴだった。

台詞が一切無く、音楽のみで物語が進行する今作。どういうことかというと、ジュヌヴィエーヴの母がお金に困って宝石のネックレスを売る時も「生活が困っているからこれを売りたいの。前払いはできないかしら。」という台詞ではなく「生活に〜〜困って〜〜売りたいの〜〜このネックレス〜〜〜〜」と歌うようなイメージである。(歌詞はかなり適当です)

これで何が起きるかというと、とにかく話の展開が遅いのである。普通に言えば数秒で終わるような台詞に何十秒もかけなければいけないため、会話劇と比較してかなり限られた情報でしか物語が進行しない。
さらに、一般的にミュージカルは感情の昂りを歌唱で表現することが多く、例えば、かつて京本が「エリザベート」で歌っていた「闇が広がる」も「闇が〜〜広が〜〜る人はなにも見えない〜〜」と歌っているが、あの部分はルドルフが実際に発した言葉ではなく、トートと対峙したルドルフの心情を表現しているものである。しかし、今作では全てが歌で進行するので、逆に心情の昂りを歌唱で表現するということはほとんど無く、歌い上げるような歌唱もほとんどなかった。つまり、なぜジュヌヴィエーヴはカサールと結婚する事を決めたのかも、マドレーヌがなぜ荒れるギイを支えていたのかもしっかりとした説明はない。本当に物語を進行する上で最低限必要なことが歌唱で説明され、あとは全て余白になっている。この余白こそが今作が持つ最大の魅力だろう。

この余白が最も活かされているのはギイとジュヌヴィエーヴが再会するラストシーンだ。ジュヌヴィエーヴはギイをある意味裏切ったとも言えるし、かつては恨んでいたが、今はギイもジュヌヴィエーヴも確かに幸せなのである。そんなジュヌヴィエーヴに対してギイは何を感じるのか。この感情を「愛しい」「嬉しい」「怒り」「憎しみ」といった言葉で表現するほうが野暮だろう。2人がこれまで一緒に過ごした時間、そして離れてからそれぞれの幸せを掴み取るまでの時間その間にある感情全てをあのシーンにぶつけているのである。静かにお互いを見つめ合い、離れていくラストシーンは「愛おしい」「憎らしい」という言葉で表現したらこぼれ落ちるような、言語化できない複雑な感情を表現していたように感じる。あの時の2人の感情を台詞に起こすことなく観客に解釈を委ねる余白が美しい作品となっていた。


世の中の舞台俳優を「台詞がうまい俳優」と「歌唱がうまい俳優」に分けるとしたら京本は当然後者に分類される。彼は劇中歌を歌い上げながらその役の感情をかなりずっしりと乗せることが上手いが、今作は歌い上げるというより、台詞にメロディがついているような曲がずっと続いているので、あまり彼の得意な歌唱が活きなかったように感じる。

一方で良いと思ったのは彼の芝居だ。自分が歌っていない時、ただ歩いているだけで何があったのかが十分に伝わっており、歌ではない部分でギイの心象をかなり伝えられていたように感じる。彼は表情での芝居が上手く、今作でも繊細な表情が活きるような芝居になっていたが、さらに体全体を使った立ち方、歩き方といった立ち振る舞いが丁寧になったと思う。そして、本当に良かった部分はダンスでの身体表現だ。彼は運動神経が良い訳ではないのになぜかダンスがうまいというのは知っていたが、ただ上手く踊るのではなく、ギイが何を感じ、何を想うのかをダンスで十分に表現できていたように感じる。舞台演劇の彼を見初めて8年が経つが、まさか“ダンス”で彼の成長を感じるとは思わなかった。この公演中に彼は29歳になるが、これからどのような顔を見せてくれるのか本当に楽しみだ。

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今回の会場は新橋演舞場。松竹が所有している劇場で東京では一番広いのがここになるので、松竹制作の大型作品では必然的にここを使うことになるが、帝劇・日生・演舞場で比較したら一番見えにくいと思う。斜め前の人の席の人の鑑賞態度が終わっているとその日はもうおしまいだと思うしかない。歌舞伎だとこの傾斜が見やすいのだろうか。歌舞伎は「滝沢歌舞伎」しか見たことがないのでわからない。ついでに内装もかなり和風で、作品が終わって一番最初に目にするものが提灯なのもかなり微妙である。新橋演舞場の良さはお弁当だが、今年の春に上演された「ルーザーヴィル」の時にはあったちらし寿司がなくなっており、本当に悲しかった。noteのアイコンはこの時食べたちらし寿司である。あれは春限定だったのだろうか。っていうか、本当に幕間でお弁当食べてるオタクをあまり見なかったな。「ルーザーヴィル」の時はみんな実家くらいお弁当食べてたのに。とにかく京本さんの次回作は日生劇場でやってほしい。日生劇場大好き。日生LOVE。ニュージーズもう一回やろう。

街のセットが円形に移動することが多く、なんとなく「雨傘」だから丸をモチーフにしているのかなと思った。セットは全体的に可愛らしかった。

役作りの一環で今回の京本さんはかなりモチモチの状態で、少なくとも舞台ではこれまでで一番モチモチ状態の京本さんだったと思う。2022年はドラマの役作りでかなりガリガリになっていたのを思い出して、役者って大変な職業だなと思った。

パンフレットによるとジュヌヴィエーヴ役の朝月希和さんは宝塚退団後発作品が今作らしい。かなりパリッとした歌唱をする人で、めちゃくちゃ歌詞が聞き取りやすかった。いや、宝塚出身の人で歌詞が聞き取りにくい人なんていないが…今作に限らず、宝塚出身の女優さんを上手く評することができないので良い加減、宝塚歌劇団をしっかり履修したほうがいいとは思いつつ、なかなか踏み出せない。2024年の目標は宝塚を見るにしたいです。

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