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あの時、飲みに行けていたならば~佐々岡真司が監督としてやり残した事~

人気のない監督だった。
広島東洋カープ前監督、佐々岡真司。
表情に乏しく何を考えているか解らない。何より勝てない。

ところがインスタグラムでの佐々岡は違う。
「ささ」と呼ばれる笑顔のおじさんで、いつも誰かと一緒に楽しそうに食べて飲んでいる。

更新は佐々岡の妻、優子さんで、監督を辞めてから始まった。
髪型は30年間ほぼ同じ、初デートは大野寮(カープ若手選手の寮)で、自らラーメンを1秒までこだわって作るが、部屋の花には気づかない。
西川龍馬に貰ったネクタイを着けて仕事に行き、ゴルフと釣りを愛し、食べて飲んでいる時にとびきりのいい笑顔を見せる。
名前から来た愛称「ささ」でななく、酒の昔の呼び名「ささ」ではないかと思うほどの赤ら顔を見ると、一緒に飲みに行きたいと思ってしまう。

自由に飲みに行けるご時世に監督だったなら。
佐々岡は違ったかもしれない。


佐々岡は2020年から3年間、コロナ禍のまっただ中で指揮をとった。
サラリーマンなら実力、実績のある生え抜き上司。幼い頃からカープファン。1990年にドラフト1位で入団し、先発、抑えの両方を求められるままこなし生涯成績は138勝106セーブ、ノーヒットノーランも達成。派手ではないが実直に投げる。2007年に引退し解説者を務めた後、2015年にコーチとして復帰、投手王国の再建を支え、リーグ優勝三連覇の原動力となった。
一方で投手コーチとしての経験はあるが、司令塔はやっていない。係長からいきなり社長になった様なものだが、補えるほど人柄への評価は高く、上にも下にも気配りが出来る人物と言われていた。もちろん当時は人気もあった。

待ちわびた就任だったが、順調には行かなかった。
リーグ連覇の後遺症でチームは疲弊し低迷中、主力の引退や移籍も重なり、立て直しが急務だった。一朝一夕では不可能、選手の1人1人と膝をつき合わせ、じっくり育てようと思っていただろう。
実際、佐々岡のコミュニケーション能力は高く、監督在任時はフリーエージェントを使った選手はおらず全員が残留している。それまでの広島は出て行かれるばかりで、その手腕は大きなニュースとなった。
電話と鉄板焼きで落とすと言われ、大瀬良大地、九里亜蓮とエース級の2人は鉄板焼きで残留、MLBから戻って入団した秋山翔吾には熱い電話をしている。

就任早々、新型コロナウイルスが猛威を振るった。
当時はワクチンも特効薬もなく、人と人とが会わない事が最大の感染対策だった。これでは選手やコーチを食事に誘うどころか、対面で話す事もはばかられ、考えを聞くことも自分の気持ちを伝える事もままならない。佐々岡にとって得意球のスライダーを封じられた様なもので、チームを固められる状況ではなかった。
また、元来の口下手でマスコミ受けも悪く、勝っても負けても無表情でボソボソと話す姿ばかりがクローズアップされ、ファンも負けが重なる度に不信感を募らせていった。
全てが逆風だった。


「飲みに行こうよ」
筆者も部下を持ってからよく言う様になった。酒好きなのもあるが、相手を知り、少しでも楽しく働きたかった。若い頃によく誘ってくれていた上司を見習ったのもある。
未曾有のコロナ禍、数人の部下でさえ難しさを感じた。クラスターを恐れて距離をとり、仕事中も最低限しか話さない。何を考えているのか全くつかめず、久しぶりに対面で会った時、急に退社を告げられた事もあった。コロナによる業績不振もいつしか慣れてしまった。
感染に怯え、漠然とした不安の中で自分の事で精一杯、みんながそうだった。

佐々岡もきっと同じだっただろう。
プロとして思う様に試合が出来ない。収入も不安になる。迷っても悩んでも勇気をくれる声援はない。感染対策、検査と野球以外に時間が割かれ、会話どころか指導さえ満足に出来ない。
成績は低迷したまま、優勝からは遠ざかりストレスばかりがたまる。著名人は度々誹謗中傷にあい、世の中の理不尽なサンドバックにもされた。
現役時代、清原和博にサヨナラを打たれた時は泥酔して夜明けに帰ったそうだが、コロナ禍ではそれも叶わない。デットボールを当てたクラークにボコボコに殴られた時も怒らなかった佐々岡だが、流石にやりきれず自宅で犬小屋を投げてしまった事もあった。
2022年10月、佐々岡は成績不振を理由に辞任。
筆者もその1ヶ月前に業績不振で解雇されていた。

コロナと戦った日々だった。

2023年6月、マツダスタジアムに4年振りに赤いジェット風船が舞った。
佐々岡は監督として、一度も見る事はなかった。
声援が戻った球場では新井貴浩が指揮をとっている。佐々岡はチームを去るときに「チームに残したものはない」と言ったが新井は否定している。
「佐々岡さんの起用で芽が出始めている。その芽をきれいに咲かせていけるように頑張っていきたい」

今、世界は全てを取り戻そうと、ものすごいスピードで動き始めている。
だが、取り戻せない事も沢山ある。

あの時もっと話せていたなら。


2023年6月執筆
~2023年度応募作品~

 

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