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Labの男35

 Labの男35

紺色と茶色のスーツ
和気あいあいと進む会話を遮って
紺色スーツが、ゆびを指す。
電車の窓越しに歩いていく女性
2人は、そそくさと下車する。

彼女を追って
地下鉄を降りると通路はそのまま
路面電車の駅に繋がっており
片田舎な駅前出口へ。
駅前がロータリーになってはいるが
規模が小さい、露店も数件あるくらいで
他には何もない道をしっかりとした足取りで
小比類巻は歩いてゆく。
山の手方面へ約5分ほど歩くと
山の麓手前に大きな建物が見えてきた。
落ち着いた赤い屋根、西洋よりの建築方式の
とても古めかしい建物に入っていく小比類巻。
周りの木々は、手入れが行き届いており
マンションというよりは洋館
その昔金持ちが住んでいたが主人が亡くなった後
手放したって、たたずまいだ。
入り口は石階段が中央にあり
エントランスに大きな両開きの扉がある。
中に賃貸の部屋があるようには思えない屋敷。
ナナシ
 「一応カタチでは賃貸物件扱いされてるんだよ。
  あまり人目に付かないエリアだし
  何かと便利だとは思うんだよね」

 「中で ツートントン ってモールス信号機で
  諜報部員活動しててもおかしくない
  レトロな建物じゃな〜い。
  いよいよ、参ったなぁ」

石階段を登り扉の片側を開けて
慣れた動作で入ってく小比類巻。
ほんの少し扉が開かれたタイミングで
チラリと中が見える。
身のこなしがコンシェルジュな男がいるが
小比類巻にコンパクトに敬礼をしていた。
ただの住人には敬礼はまずない。
扉は重く閉ざされた。

 「まだ、あまり詳しく無いけど
  どうひっくり返ったって
  あれは、スパイだ」
まるで自分に言い聞かせてるようだ。

ナナシ
 「あの素早い敬礼は、軍関係特有のヤツだね」

いよいよ言い逃れるにもきびしい
かばい様が無い事実に直面してゆきそうだ。
さっきより増して、こわばった表情になる橘
 「そのまま立ち去りたい気分だよ。
  キミが一緒にいて助かったよ」
自ずと片手が口元に、
う〜ん手のひらで覆ってしまう。

はぁ〜っ腕組みをする橘
 「彼女出張があるって言ってたから
  今日は動きがあるんじゃないかな」
しばらくして
建物の前に大きな黒塗りの車が到着。
すると重苦しい扉が開き小比類巻が登場
建物から足早に石階段を降り速やかに乗車
そのまま車は発進してしまった。
ナナシ
 「橘どうする?ここらあたりだとタクシーは
  そうそう拾えないな。
  駅前までは少し距離があるぞ」

 「大丈夫だ。遊び半分で彼女の靴の中に
  発信機を忍ばせたんだ。
  まさか本当に使うことになるとはね」

いつになく渋い顔でスマート手錠を指さす。
囚われの身の実験体の象徴
自身では脱着できない
スマートウォッチの画面には
地図と少しずつ移動している赤い点滅。
ナナシ
 「抜かりがないな!橘っ」

 「単独尾行で、万が一はぐれた時に使おうと
  思ってたんだけど…」
ナナシ
 「そんなこと、言わなくったってわかるよ!
  使うつもりはなかったんだろ。
  お前はそんな悪いヤツじゃないのは
  知ってるよ」

橘の肩を力強くガッシリ掴みまっすぐ目を見る。

 「そんなに、やさしくするんじゃ〜ないよ。
  泣いちゃうだろっ。
  とりあえず、駅前まで戻るか!」

駅前でタクシーに乗り込みつつ
スマート手錠を確認すると

 「この方向だと空港に
  向かってるんじゃないかな?
  ちなみになんだけど、探知器って
  空港の金属探知機に引っかからない?」
ナナシ
 「うんとね、僕が使ってる探知器は
  金属製じゃないから大丈夫だと思うよ。
  触るとグミみたいな感触のヤツでしょ?」

 「そうそう
  ちょっと気持ち悪いニョッキみたいなの
  起動する時に押すのが生々しいんだよ」
ナナシ
 「あれナマモノだからね。
  起動したら1週間くらいで死んじゃうんだ。
  跡形もなく消え去るんだよ。
  あれには魂とかって入ってるのかね?」

 「発信器として生を受けてる感覚すら
  ないのかもしれないな。
  せめて発信している時くらいは
  気持ちよくセミみたいに生きてて欲しいな」

後部座席の2人の体が同時に左に傾く
タクシーは大きく道なりにカーブを曲がり
玄関口に乗り付ける。
空港に到着ターミナル内へ
ガラスゲートをくぐると
大きく展開した空間が広がる。高い天井に照明
馬鹿でかいハイビジョン電光掲示板
足下が映り込むツルツルのフロアーを
沢山の人波がぶつからない様に行き交っている。
ナナシ
 「どっち方向よ?んっ?あっち?
  それじゃ〜国内線の方面ね。
  外国じゃ追いかけられないからね」

 「流石にパスポートは持ってないな。
  あれじゃないかな?
  チェックインを済ませたところかな?
  我々もカウンターで
  チケット取らないとね」
ナナシ
 「ん、僕は行かないよ。空港までよ」

 「ちょいちょい、それは心細過ぎるよ。
  なんでよ〜来てよ」
ナナシ
 「今から子供の運動会に行かないとね。
  前回は行けなくて子どもスネちゃってね。
  今日は外せないんだ」

 「それは、独りで行かないとダメそうだ。
  クラクラして来たな〜」
ナナシ
 「丁度いいタイミングだから製薬会社名義で
  チケットの取り方を教えておくよ。
  このカードはまだもらってない?
  また来栖さんにもらっとくといいよ。
  これをこうしてこうすると……」

 「ご大層なクレジットカードだなぁ。
  シックなオフブラック。なのにナンデ
  このカード、キラキラをちりばめてるんだ?
  下品だなぁ〜目立って恥ずかしくない?」
ナナシ
 「いいんだよ
  わかる人には丁重に扱ってもらえる
  くらいに効果があるからね。
  権威に弱い人間って結構多いんだよ。
  これでビビってくれる人だと
  無駄な揉め事が減るんだから便利よ」

 「そういうもんかねぇ〜」

ふと視線を向こうへやると
小比類巻は、2人と話し込んでいる。
1人はおそらく他製薬会社の者。
もう1人は白人系外国人。
ナナシ
 「あの白人知ってるよ。
  あれはロシアの諜報部員よ。
  鉄の意志イワノフだ!なるほど〜っだからか!
  あの建物ロシア名義だから
  隠蔽されてたんだな。分からないはずだよ。
  橘っ!これは大きいヤマが引っかかったな。
  extraボーナスがもらえる案件情報だ」

 「それでも、ついて来てくれない?」
ナナシ
 「行かないよ、でもここまで分かったから橘は
  追跡調査は、もうしなくてもいいんじやない?
  なんだったら二重スパイ確定じゃない?
  こんなヤバい橋は、渡らなくていいよ」

 「………っ どうしても確認したいんだ。
  本人に」
ナナシ
 「そんなの別に出張から帰って来てからで
  いいんじゃないか?」

 「今日じゃないとダメな気がするんだ……」
ナナシ
 「2人の関係の話だから強くは言えないけど
  これだけは言っておくよ。
  ロシアの諜報部員は容赦なく
  ヒトを殺すからね。それでも行くのかい?」

橘はゆっくりと瞳を閉じ軽くうなずく

 「そうか。それじゃ〜止めはしない。
  深追いは禁物だから
  死んじゃうのはダメだからね橘!
  まだ、飲みに行ってないから」

 「やっぱり、ついて来てくんない?」
ナナシ
 「ダメよ」

 「そこは冷静なのね。
  感情的に訴えても揺らがない鉄の意志ね」
ナナシ
 「家族があっての僕だからね」

半ばやぶれかぶれな橘
 「悲しいけどもう後戻りはできないのよ。
  行くしかないのよね」

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