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Labの男29

 Labの男29

少し気が抜けた後ろ姿
ダークブラウンのタイトスーツの男が
突っ立っている。
目の前には時代を感じるゴージャスな扉。
挨拶がわりに会員制のプレートが
張り出している。

 「しゃらくさいねぇ〜
  いちげんさんお断りの
  敷居を高く見せるスタイルね」

気乗りはしないが仕方がない。「たはぁ〜っ」
扉をくぐると
思っていたよりも、やつれていない店構え。
オーソドックスな広めの1枚カウンター
それに沿って固定式の座椅子が8つほど
ボックス席が5〜6あり想像以上に広い店舗だ。
しかもほぼ席は埋まっている。
空き空間が3割くらい。
平日でこの集客は繁盛している方だろう。
客層はいい感じに下世話ではない。
明智はちょうど空いていた
カウンターの1番奥を陣取った。
盗聴するには丁度いいだろう。
周りを見回しても
新顔を気にしている素振りは無さそうだ。
お水の世界ならでは特有の少し擦れた
軽く世の中を恨んでいる感だとか
閉鎖的なよそ者を拒む感がない。
所どころ、行き届いていない
悪い意味での諦めを感じる店ではなく
店主がやれる事をしっかりやっている感が
十分に伝わってくる。
明智は、穏やかな空気感に少し驚いている。
昭和の空気感を完全再現っていうよりは
そのままで生き残れている、
それを支える人たちが
そのまま生きている空間だ。
もしかすると
このメガロゴールデン街は、
移りゆく時代もなんのその
変わることに疑問すら持たなかった
変われなかった人たちが支えている
時代から切り取られたメガロ空間
なのかもしれない。

緑のベルベット調のドレスに
上品なショールを纏ったママが
ゆっくりと微笑みながらこっちに向かってくる。
ママの代わりにバイオレットに身を包む
女性は、そのまま客の相手をしている。
ちょうどその時、スマート手錠がブルった。

カタカタカタッカタッ
小型のキーボードを叩いてるマコちゃん。

 「今回はクリスタルマンの広大な受信媒体を
  クリスタルフィールドを借りて、そうすると」

  カタカタカタッ タン

 「かなり広範囲で盗聴できちゃいそうね。
  明智の位置を確認!この感じだったら
  雑居ビル全フロアー盗聴できちゃうね。
  流石クリスタルフィールドね。
  で、どうしようかしら玄白ぅ?」

「雑居ビル全域だったら解像度は落ちる?」

 「普通のOSだったら厳しいけど
  なんてったって
  クリスタルマンだから全然大丈夫。
  広大なクリスタルフィールドを捕捉するのに
  明智体内ナノマシーンもフル稼働だろうけど」

メガネを上げ指パッチン 「そのままGoよ」

画面には、すでにつらつらと客の名前
それにまつわる個人情報が次々と増えていく。
雑居ビル丸ごとを描いていくモニター
みるみる内に店の広さ客の人数などを掌握。
明智のいるライムライト店内は
方眼の目状に描かれ
網の目で立体が再現されている。
立体的にモニターでは見えるが
はりこのトラ、中身が無い状態で
表情までは分からない。
が、表現の精密さは
たたずまいでカウンター奥に座っているのは
明智だとすぐ分かる解像度だ。
音声から拾い上げたデータから
雑居ビル内にいるヒト達の身元を
瞬時にマコちゃんが、ひと通りチェック完了。

原理としてはそれぞれの客達が出す音声の
ソナー反響効果を利用しているのに近い。
音声自体が音のイルカとなって
周辺を探ってくれている。
ニンゲンの言語に反応し合い
重なって聞こえにくいところは
予測変換で発生している音を再現
聞き取る事ができる。
その気になればそのまま他フロアーも
盗聴andリアルタム中継できる。
明智のスマート手錠と体内ナノマシーンが
盗聴源、兼中継ポイントと
なっているので本人には盗聴内容が聴こえない。

メガネ上げてand指パッチン
 「マコちゃん!
  とりあえず明智の店をベースに中継してね。
  音声オンでよろしく」

早速モニターから音声が流れ出した。


今時、店内での喫煙OKは珍しい。
揺らぐ副流煙がタイムトリップへといざなう。
薄暗い店内に灯る淡いライトがママを照らす。
ベルベットをなぞる様に横たわる長い髪
内巻きに巻かれたボリューミーな髪に触れながら
警戒を解くように明智に眼差しを向ける。
タバコの煙があかりを遮り
ベルベット調ドレスのシルエットを強調
ライトを絶妙にまとわせ反射
てろてろと呼吸のたびに波打っている。
初対面の客に気を使わせない程度の
密着せず好意を持って距離を適度にとる
ママならではの歴戦のムーブ

 「あらっ見かけない顔の男前ねっ。
  電車関係者では、なさそうだけど?」

「営業終わりでちょっと
 まっすぐ家に帰りたくなくてね」

 「あらっ何があったのかしらねぇ?
  勝手に慰めちゃおうかしら?」

とてもナチュラルに聞けてしまう
歴戦の手練れた間合いの会話
嫌味がない対応にも驚く明智

 「どおしようかなぁ〜
  知らない人についてっちゃダメだって
  教わったからなぁ〜っ」

「あらっ、意外と甘えん坊さんなのね!
 じゃ〜知らない女と話して大丈夫なの?
 それはそれとしてビジネスで
 何飲むか聞いとこうかしら?」

 「ママのオススメあるかい?」

「そお〜ねぇ〜、ウイスキーはどう?」

 「ウイスキーなんて薦めたら
  長居しちゃうかもしれないよ?」

「そのつもりで言ったのよ〜。
 貴方、話が面白そうだからね。
 なんでも聞くわよ〜」

 「そいつは、しゃべっちゃいけない事も
  喋っちゃいそだな」


胸を押さえてマイッチing
 「何よっ この魂の抜けた会話
  その気が無いのに、それっぽく話しちゃって
  あ〜っヤダやだ!余裕ぶっこいちゃって
  はぐらかしちゃってもぅ〜!なんなのよ」

「マコちゃん?仕事よ仕事っ!
 明智は普通の客を装ってるの!
 ママさんも距離を測ってるのよ!
 捜査ね!潜入捜査だからね。
 相手の懐にまず入るのが大切だから」

 「私も言語のプロだから分かるのよ。
  ちょっと明智が楽しんじゃってるでしょ〜」

「へ〜〜っ!すごいねっマコちゃん
 付き合いが長い玄白でも分かんないねぇ。
 でもマコちゃんなんでも
 真に受けないでよ。任務なんだから」

 「スケコマシ特有のなだらかな会話でしょ〜
  スムースな展開が
  嘘くさくて好きじゃないのよね〜
  危機管理センサーが働いちゃうわ」

「何が違うのよ?音声から判断するの?」

 「ワタシの胸のリトルマコが囁くのよ。
  カンよ。女のカン!」

「だっはっははは!
 な〜んだっ!カンなの?」

 「でもウソは、分かるのよ。
  声帯が微妙に緊張するから
  音が少しうわずるのよ。
  ワントーンkeyが上がるの」

 「ちょっとした男の機微が分かっちゃうから
  ワタシも困ってるのよね〜
  玄白ぅ〜こんな私でも恋人ができる日が
  来るかなぁ?」

それでなくても
頭によぎっただけでも実刑感覚の
マコ警察なら実行してなくても即逮捕
これは困ったぞ、正解がない問題だ!
ちょっと待てよ…  よしこれで行こう!

「でもダメんずに引っかからなくて
 いいじゃない!」

 「引っかかりが無さすぎても
  潤いが無くなるじゃな〜い」

 「あまりにも恋愛してなくて
  もう、好きって感覚がどんなだったか?
  忘れちゃって、確認したくなるのよね〜
  玄白ぅ〜何かもっとステキなことを言ってよ」

中指でメガネを押しあげて
「それは別のヒトに頼みなさいって。
 あまりオトコを試すのは良くないクセよ。
 マコちゃん〜おイタですよ」

 「自分でもイヤになるのよねぇ〜 はぁ〜っ
  この恋愛体質。なんで
  こんなめんどくさくなっちゃったのかな?
  ホント、マイッチingだわ〜」

マイッチingの割には意外とドライだったりする
乙女心を理解しようとする事自体が
間違っていたと実感する玄白であった。

研究者は
事態に解決策を実直に考えるものであるが
乙女の場合
解決を求めてるわけではないのだ。
困ったもんだ。

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