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Labの男68

Labの男68

タフネスは
バイタリティーでカバーできるのかは疑問だが
まるで何事もなかったように
走馬はスクっと立ち上がり
しっかりとした足取りで万次郎の前に立ち
右手を差しのべてきた。
 「いゃ〜いいラリアットだったよ。
  度肝を抜かれた。正直なところ
  拳で殴ってくるってタカを括ってたんだよ。
  まさかのラリアットだなんて
  肉体的にも内側からも揺さぶられたよ。
  君というニンゲンに感動した。
  それじゃ〜もう一丁といこうか」

明智譲りの、はにかんだ笑顔で万次郎
「あれは隠し玉なんで
 通用するのは一回こっきりだけ
 もう引き出しの中はスッからかんです。
 だからもう、降参です」

かぁ〜 しかめっ面の走馬
 「そっかっ。残念だな。
  いつも兄弟で揉め事があると
  すぐに相撲で決めていたからな。
  いつのまにか本格的になってきて
  本気が出せたのは久しぶりだったから
  ホントに残念。次に会ったときには
  また、一番頼むよ」

ガッチリと握手を交わす2人の間に
明智が現れる。
ダブル人差し指で万次郎をツンツン指差し
 「いい立ち合いだったよ。お見事!
  まさかの!かち上げ式のラリアットとは
  シビレたぜ万次郎っ。
  プロレス黄金期を彷彿させられたよ」

 「明智のルーツを思い出したよ。
  相撲だから足技はナイけど」

 「ジャンボ鶴田のレッグラリアット
  その流れを組んでの系譜
  木村健悟の稲妻レッグラリアット
  この明智が大いに影響を受けた技だよ」

 「特に幼少時のインパクトを受けた
  イメージってのが技に乗っけれると
  技の威力は格段に上がる。
  無意識の部分だから直結で
  身体が答えてくれやすくなる。
  いい意味でも悪い意味でも
  イメージの力は強烈なんだ」

 「稲妻レッグラリアートの
  実際はイナズマが走るくらい素早いってのは
  名前だけなんだけど
  当時はプロレスは巡業で各地を廻るって
  概念はなかったから毎回真剣勝負してたら
  カラダが持たないだろうからね。
  それくらい熱狂したからね」

木村健悟のオリジナル技。
助走してジャンプしながら
体の重心を横方向へと傾け、
片足を前方に振り出しそのスネを相手の胸板
または首元に叩きつける。
我らのバイブル『キン肉マン』では
ラーメンマンが
「レッグ・ラリアート」の名称で使用。
ジャンプしながら回し蹴り風に足を振り出し
スネを相手の頸または顔面に叩きつける。

走馬
「懐かしいなぁ〜ジャンボ鶴田
 君は、どちらかっていうと新日プロレス
 ファンだろう?明智くん?」

 「なんで分かるんですか?」

「そりゃ〜君ぃ〜新日ガオしてるじゃないか?」

 「なに言ってるんですか!そんなの
  分かりっこないでしょ?」

  だっははははっ がっははははっ

ラスト5秒の逆転ファイターこと
万次郎のラリアットは
再放送のキン肉マンから
ネプチューンマン「クォラルボンバー」由来の
ラリアットだったことは誰も知らない。

ダンターグ 走馬
「明智くんの言うことは信用しよう。
 なんだろうな〜 キミ達からは
 野望の匂いがしないんだよ。
 野心ギラギラの前のめりな衝動がね。
 でも意気込みが無いわけではない。
 不思議なコンビだ。
 それはそうと君の名は?」

 「ジョン 万次郎です」

「変わった名前だ。印象に残るね。
 ラリアット万次郎くん!」

また新しい称号を手に入れた
 ラリアット 万次郎

 【う〜ん、もうちょっといいのあったでしょ?
  印象は良かったみたいだから
  まぁ〜いっか】

走馬
 「キミたちはエビス薬品工業の者だから
  知ってるだろう?」

私はクローンなんだ。
走馬【とうじろう】灯次郎て名だ。
灯吉【とうきち】兄さんのコピーだ。
それでも兄さんは
私のことも弟も分け隔てなく愛してくれた。
それもそのうち用無しになったら
捨てられるんだろうって
クローンならではの気持ちも
吹き飛ばしてくれるくらいにね。
ぶち当たる存在意義だとかも
お前たちが必要なんだと何度も何度も
言ってくれた。

 「その思い出が相撲なんだ」

ほころんだ表情の走馬は
内からあふれ出す笑顔で2人を見る。

 「付き合ってくれてありがとう。
  何かを思い出させてくれた気がする」

明智にも手を差し伸べ握手を求める。

 「コーヒーでもご馳走したいんだけどね。
  まだ尾行中なんだよね。
  楠木さんは相撲のことすら
  気がつかないくらい
  激しくマイペースだからね。
  ミッションには支障ないんじゃないかな」

 「また、顔を見せに来てくれないか?
  明智くんに万次郎くん。
  今度はコーヒーと会話を楽しみたいな」

「ただ、万が一でも楠木くんに何かあったら
 許さないからね」

スーツ下に潜む筋肉のモビルスーツが
うごめいてるのが目でわかる。

 「それはそうと走馬さん?
  近隣開発のこと何か知りませんか?」

「それは、知らされてないな。
 ただ関係あるかは分からないが
 神経ガスの件は知ってるかね?
 『怒れるパープル』のことだ。
 それは国の肝入りのプロジェクトで
 名義上、我が社がやっている事になっている。
 でも今後は手を引こうと思ってる。
 キミ達の上の者に伝えておいてくれ。
 口の悪い黒髪の女に忠告されてね」

 「それ、恐らくウチの上司です。
  髪の長い黒スーツで、細身の人でしょ?」

「そうそう、不機嫌そうな」

 「それでウロウロしてたんだな来栖さん。
  凄腕でいい人なんですけどねぇ
  口悪いんですよ」

 「彼女は相撲の概念を飛び越えて
  メチャクチャ強いです。
  規格外ですね」

「ええっ!それはそれは!
 態度だけではなかったんだね」

 「おそらく近距離戦闘なら
  エビス薬品最強かもしれません」

「やはりウワサは本当だったんだね。
 製薬会社ごとに諜報部員がいるとは
 聞いてはいたが、
 キミ達はそのエージェントなんだろ?」

不適などっちとも取れる笑顔の明智
口に人差し指をたてて
 「内緒ですよっ。
  楠木さんにもです」

 「我々は下で待ってますから
  楠木さんとの会話に戻ってください」

 「それと、もうひとつ
  楠木さんは能力者ですか?」

「お〜ぉ、知っていたのかね?
 彼は、能力者であり、能力者ではないよ。
 今回の神経ガス流出事故も
 彼の能力だと思うよ。
 ある意味、楠木さんにはいつも
 色々と気付かされるよ」

「どうする?聞いてくかね?」

 「う〜ん、ある意味
  それを発見するのも我々の任務っぽいんで
  なんとかこっちでしてみます」

 「行くか、万次郎っ 下で待ってます」

「本当に遊びに来てくれよ!
 今度は兄さんにも会わせたいんだ。
 抜群のコーヒーをごちそうするから!
 じゃあ」
そう言うとオールバック走馬は
片手を上げガラスの階段を上がっていった。

その場で待っていても良かったのだが
下ではタバコが吸える。
非常階段を降りていく間に明智は考えていた。
ひどくしっくり来た言葉だった。
 「能力者であり、能力じゃない」
まるでジェイソン楠木を体現したような
能力だと納得がいったのは不思議な感覚だ。
全貌が分からないのに芯を喰った発言に思えた。

紫がかった物悲しい夕焼けの空
 狂乱の謝肉祭 
カーニバルは終焉を迎えようとしている。

 ホォーッ フーッ
大きな音では無いが弁が開いて フーッ
その隙間から空気が出ている。 フーッ
口元のサイドには大きめの黒缶詰がついている。
黒いラバーに覆われた顔に大きなガラスの瞳
軍事ヘルメットが覆いかぶさる。
ハエ男の集団を連想させる
ガスマスク小隊が
銃火器のようなモノを構えながら活歩している。
ビジネス街、本宮町のガス流出エリアを中心に
何小隊かが鎮圧に動いている想像がつく。
騒動は、ほとぼりが冷めつつある。
近くには収容するための護送車があり
中に人が押し込められている。
統率のとれたムダの無い動き
秩序だてられた体系組織から
素人目からも感じとれる隙のなさ。
ステイタスがおかしくなっている暴徒とは違い
問答無用にそして的確に人を収容している。

ド派手なSOMAビルエントランス
ガラス張りの表玄関
柱影から、くわえタバコのシルエット2人
鋭い顔つきになる明智

「相当訓練された集団だ。そこから見えるか?
 万次郎、見つからないようにな。
 交戦状態になったら
 頭数からかなり厄介だぞ」

いってるそばから万次郎は背後から
首根っこを掴まれている。
 ジャッ
七三分が上下に揺れ
右腕を後ろに振りかぶり
スラリと伸びた裾の先、革靴がキビスを返し
弧を描きガスマスクの後頭部へ
ねじ込まれる右ハイキック
万次郎も負けじと振り返りざまに
明智の右脚を追いかけるように
サイドからの右肘をお見舞い
こめかみに見事にヒット
膝カックンとその場に倒れこむガスマスク。

伸びた脚をもとに戻すと
再びタバコを吸い込み指の間に挟む。
 「良かったっ感づかれたのは1人だけで」

後ろを向いたまましゃがみ込んでる万次郎。
何か物色している。

 「何してんだよ?万次郎?」

ぶん殴った男からガスマスクを剥がし
うれしそうな顔つきでぶん取っている。

 「いつのまにかぼくの
  対尾行専用ハンチング帽が
  どっかいっちゃって
  どおしても、欲しかったんですよ。
  記念にね」

「この忙しい最中、何考えてるだよ万次郎」

明智は笑ってる。

「まだ小隊がうろついてるんだからな」

クローンという選択肢があり
財力があったならヒトは実行するのだろうか?
果たして明智がクローンを創ったとして
相手を同等に扱えるだろうか?
イヤ事をクローンに押し付けて
大切な事はオリジナルが手をつけるなんて
差別化してしまわないだろうか?
選択肢が沢山あるというのは考えものだ。
それは自身が出来なかったことを
選択のせいにしてしまうからだ。
どの選択であれその枠内での
創意工夫が身に刻まれるため
上手くいかなかった上手くいった
だけで次の選択にいってしまうのは
もったいない話だ。
もちろん固執してしまうのも
流れが止まってしまい考えものだが、
どう考えても自身が可愛い明智は
無理だなと結論づけて手を口元に運び
またタバコを吸いこむ。
ため息混じりの煙は
ふらふらとビル上空へと消えていく。

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