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Labの男30

 Labの男30

金色に輝くマイクロフォンを強くにぎり
タバコ片手に夢芝居
スポットライトを浴びて
明智小五郎、魂ののツィストandシャウト


  もう疲れたわ 
  知らないふりを続けるの
  忘れないでね あたしの香り
  ウソが下手ね あなた
  背伸びしすぎた あたし
  もう会うことはないけれど

  言葉だけじゃ もうときめかない
  忘れられるかしら あなたの背中
  弱音がこぼれるのは お酒のせい
  どうせ あなたじゃ叶わない
  退屈な幸せ 

  重荷になるから 思い出は
  なにも言わずに 旅立つの
  映画を観るのも ひとり
  眠りに着くのも ひとり
  だから 泣くのも ひとり
  どうせ ふたりは 他人同士
  そんな女もいたのよ ひとり

 ジャッジャッジャッジ〜ャ〜ン

瞳を閉じてタバコは挟んだまま
両手でマイクロフォンを握って歌いきる。


  言葉だけじゃ もうときめかない
  忘れられるかしら あなたのぬくもり
  弱音がこぼれるのは お酒のせい
  どうせ あなたじゃ叶わない
  退屈な幸せ ああ 退屈な幸せ……


女を信用しない男が奏でるリズムandブルース
実の所ひっそりと乙女チックなのは
明智の方なのかもしれない。

酔いどれおじさん
 「いいぜぇ〜若いの!渋い選曲の割には
  声が負けてねぇ。やるじゃないの!」

グラスをこちらに傾けてから
ウイスキーをクイッとやる

長いまつげを伏目がちに
くわえタバコで声援に応える明智は心得ている。
他部族に潜入するにはまず
振舞われたモノはまず、残らず平らげて
踊りには踊りで、歌には歌を
文化で応えるのが受け入れられやすい事を。
って、明智には原住民扱いみたいで
それはそれで失礼な話だが
何も言わなければ誰もわからない。

ママのリクエストを歌い終え
ミニステージを降りカウンター奥へ座る。

胸の前でちいさく拍手 パチパチパチ
 「意外と低い声なのね!歌が上手くて
  イメージ通りだからびっくりしたわ」

「あんまり見つめないでよ〜
 ママが見てるから緊張したよ」


マコ「またウソついてる。
   なんとも思ってないわ」
玄白「手厳しいねぇマコちゃん」
マコ「動物界では、歌は求愛行動だから
   ヤキモキしちゃうわ。
   ムダに気を持たせるのは罪よ」
玄白「ママのリクエストなんだから
   歌っただけかもしれないよ。
   受け手、次第ってとこあるけど…
   マコちゃんにしてみれば
   恋は全力投球なのね」
マコ「そうなのよね〜 だから
   重たいって言われちゃうのよね」
玄白「かりそめを楽しめないのね」

耳識【にしき】がナチュラルに受信している。
マコちゃんってなんだかんだ、
文句があるってことは
明智に少しは気があるみたいね。
だまってられない時点で
感情が動いちゃってるからね。
恋愛に対してマコちゃんならではの
強烈なファンタジーがあるんだろうな。
耳識の加減で
以前よりは乙女心が分かるように
なったには、なったが
玄白にしてみれば
一度覚悟を決めた時の女性ならではのたくましさ
生命の強みの部分では興味はあるのだが
そもそも恋愛が興味の対象ではないので
あまり研究には生かせてはいない。
それを感じとってか、変にオスの匂いがしない
玄白には、気を許しているのが分かる。


ふと、明智は壁にかけてある絵に気がつく。
落ち着いた金縁のシブい額に
充分釣合う風格のある絵。
明らかにこのスナックには不釣り合いだ。
よく見るとガラスが二重になっていて
額縁の中で絵自体をガラスで保護してある。
ちょうど額の中に透明の額に入れられ
二重構造になっている御大層な感じ。
スーツ姿の紳士と淑女が抱き合い
口づけを互いに求め合っている。
男女を横からバストアップの構図で
ダイナミック横がけの絵。
奇妙なのが
2人顔の部分には白い布がかかっており
飴の包紙の様に
個別に頭がしっかりと覆われている。
表情は全くわからない。
明智が好きな画家の絵だ。
彼の絵は表情が何かで隠れていることで有名だ。

明智は絵を指さし屈託のない微笑みを浮かべる。
 「レネ・マグリットでしょ?
  すごく好きなんですよ」

ママ「あらっ博学ね〜。私もミステリアスで
   好きなのよ」

 「どうしたんですか?これっ?」

一呼吸置いてママ
  「  うん、お客さんがくれたのよ。
   気に入って飾ってるの」

タバコをひと吸い明智
 「ママの大事なお客さんだろうね そのヒトは」

遠くを見る表情で
  「  うん、レプリカなんだけど
   すごく好きなのよね。
   ちょっとした思い出だわ」


マコ「彼女ウソをついてるわ。
   何か知られたくない事かくしてる」
玄白「今のでわかったの?」
マコ「いっぱく間があったでしょ
   プラス声がワントーン上がったでしょ?
   レプリカってのも
   わざわざ言わなくてもいい事なのに。
   覆い隠したいってことでしょうね」
玄白「ボクにはさっぱりだな。
   わざわざ言ってるのも
   ちっとも分かんなかったよ」


明智も見逃さなかった。
絵画の目利きはからっきしだが
ママの一瞬、曇る表情に違和感のある発言。
何か注目するべきタイミングであるのは
感じ取れた。
明智の眼識【げんしき】が
ナニか伝えようとしている。
何の確証もないが、おそらく絵画は本物だ。
絵から、ただならぬ雰囲気が見て取れる。が、
なにがどうだとかまでは明智は分かっていない。
身体がそう言っている。

急にママの背筋が伸びて
 「ちょっと待っててね」
席を立つと玄関口少し扉が空いたところに
客が立っているのが見える。
ママは扉に手をかけ、そのまま外に出て行く。

小声でスマート手錠に話しかける明智
 「玄白っ聞こえてる?
  店の外にいる男の声ひろってよ。
  射程外だろうけど
  おそらくママの大事なヒトっぽいんだよなぁ」


玄白「マコちゃんいける?」
マコ「大丈夫よ。なんてったって
   クリスタルフィールドなんだから」
玄白「たぶんビンゴだと思うよ。
   マグリットの男なんじゃない?」
マコ「dirty old man  なんでしょ〜
   どこぞのヤラシイ成金なんでしょ〜
   どうせ」


明智は盗聴源、兼中継ポイントと
なっているので盗聴内容までは聴こえない。

玄関先の男
 「また後で迎えに来るよ。
  今日は何時くらいになりそう?
  うん、そうか」

男は小声で
 「心配だから何度も言うけど
  決行日、夕方には
  大変なことになってるだろうから
  周辺には、絶対来たらダメだから!」

 「大惨事になるから
  絶対店は開けたらダメだからね」

 「じゃぁ」去っていく男


玄白「さすが明智だねぇ
   いいとこ引っ張って来たんじゃない?」 

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