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ファンベースカンパニー、佐藤尚之は、 なぜマス的なものの限界にいち早く気づき、 ファンの獲得をメッセージするのか?(後編)

マーケティングリサーチは、もう意味がない

 新型コロナがやってきて、かつて当たり前の成功法則だったことが、必ずしもそうではなかったことが明らかになっています。飲食店が繁盛店を作るためには、人通りの多い立地がいいと言われました。しかし、そういうお店はコロナで人通りが消えると、一気に苦況に陥ってしまった。

 要するにこれは、露出の発想だ、と佐藤尚之さんは語っていました。たくさん露出することで、新規のお客さんが引っかかってくるのではないか、という考え方。そしてこの考え方ではもう、一般企業でもうまくいかなくなる、と。

 情報があまりに過多になって、伝わらなくなっているのです。広告などで露出して、何か伝えて人の興味関心を得たり、人の心を変えることが、ますます難しくなっている。しかもマーケットが縮小する中で、新規のお客さんを取り合わないといけない。

 さらに、超成熟市場では、商品特徴はあっという間に真似されてしまいます。その会社が好きだから、という情緒価値を作っていかないといけない。「好きだから選ぶ」ファンを獲得していかないと、もはや戦えない時代になっていく、というのです。

 もうマーケティングリサーチは、意味がなくなったのかもしれません。それこそ、世界を席巻したアップルのスティーブ・ジョブズがマーケットリサーチをしてiMacやiPhoneを世に送り出したわけではないのは、有名な話です。

 それでもアップルは、熱狂的なファンが世界中にいる。スマートフォンという商品特徴は、アンドロイドOSも出てきて、あっという間に真似されることになったわけですが、iPhoneは成長し続けた。

 もしかしたら、機能だけ見たら、ウインドウズOSやアンドロイドOSのほうが優れているところもあるかもしれません。価格だって、お手頃になっているかもしれない。それでも、多くの人がアップルを支持する。それは、アップルのあり方を支持しているからです。

企業の姿勢など、にじみ出るようなものにファンはつく

 では、マーケティングリサーチではなくて、何をするべきなのか。佐藤さんはこう語ります。

「何かのセオリー通りにやる、あるいはうまくいった施策を真似ることは意味がなくなってきています。例えば、大手ビールメーカーには4社あります。それぞれにファンが違うんです。だから、まずやるべきは、ちゃんとファンに会って、ファンの傾向やツボを知って、ファンたちが喜ぶところを伸ばすことが、とても大事になってくるんです

 企業が生活者に見えている部分というのは、ほんの一部だと佐藤さんは言います。しかし、見えづらい部分にこそ、ファンの喜ぶところがあったりするのです。

「ミッションだったり、志だったり、パーパス、フィロソフィ、カルチャーや歴史。この企業はこうやって生活者の課題を解決しているんだとか、こんな価値観を持っているんだとか、どんな人材や技術や知識があるんだとか。商品から見える価値は、商品特徴に近い機能価値です。だから、この部分で買っている人は実は意外とファンではないんです。そういう人たちは、もっと安い商品が出たら、そっちに移ってしまう。そうではなくて、企業の姿勢など、にじみ出るようなもの、未来価値みたいなところにこそ、ファンはつくんです

 こうした情緒価値や未来価値は、他の企業が真似をしようとしても、真似できないもの。だからこそ、そこをもっともっと出していったり、理解してもらったりする。そうすることによって、ちゃんとファンを作っていくべきだ、と佐藤さんは言うのです。

「でも、今でも多くの企業が機能価値で勝負しています。ここはもう消耗戦なんです。やるべきは、新しいファンを作っていくことではなくて、今いるファンに気づいて、大事にするということ。愛用してくれている人、愛してくれている人にフォーカスを当てて、この人たちの満足度をより上げる。これが、ファンベースのポイントの一つなんです」

 だから、ファンに聞く必要があるのです。なぜファンになっているのかは、ファンにしかわからないから。マーケティングリサーチではなく、ファンにこそ徹底的にリサーチをするべきなのです。簡単に本音は出てきませんから、そこにこそ努力する。深い部分を探っていく必要があるのです。

日本人は、自分がファンであるとなかなか言わない

 佐藤さんの著書『ファンベース』にビールメーカーのヤッホーブルーイングの話が出てきます。ヤッホーブルーイングは長野県にある小さなビールメーカーですが、じわじわと支持を広げてきました。その背景にあったのが、ファンときちんと付き合ってきたこと。

 数人の単位から地道にファンとコミュニケーションを交わし、それはやがてファンの集まりへと結実し、そのイベントはコロナ前には数千人規模という、とんでもないものになっていきました。

 ビールももちろんおいしいわけですが、同じ「このビールがおいしいと感じる」仲間に会える場を求めて、みんなはイベントに参加したのだと思うのです。そして、まわりにいる同じような仲間を連れて行き、どんどんその数が増えていった。

「ファンベースはファンコミュニティのことですか、と問われることがあるんですが、コミュニティは単なる手段です。ファンは何より感情が大事なんです。一番のキーになるのは、自分の感情です。例えば、共感。それを強くしようと思ったら、自分で掘り下げてもらうしかない。単にテクニックとしてコミュニティを作ろう、プレミアム俱楽部を作ったら、なんてことをやるケースも見ますが、何も解決しないです」

 ヤッホーブルーイングのファンとの付き合いがうまくいったのは、ファンに伝えたい、という思いがあったからです。そうすると、自分はこのファンであっていいんだ、という安心感が生まれる。しかもイベントに行くと、自分と同じようなファンがいる。これがまた、大きな心地良さを生んだのです。

「実は声を挙げないファンって、山ほどいるんです。特に日本人は、世界で最も自己肯定感が低い、と言われています。だから、まわりに言わないんですよ。ファンでも言わない。隠れていたりする。だから、ファンであることに自信を持てる場が、重要な意味を持つんです

サウナがなぜ突然、ブームになったのか

 この話を聞いていて僕が思い出したのが、サウナでした。僕には著書『人生を変えるサウナ術 なぜ、一流の経営者はサウナに行くのか?』がありますが、ちょっと前までサウナに行っていることは、あえて人に言うことではない、という雰囲気がありました。

 おじさん達が行くところだというイメージをみんなが持っていた。だから、サウナに行っていることを公言する人はいなかった。そんなことを言ったら、「こいつ、大丈夫か?」と思われるんじゃないかと考えていたわけです。

 ところが、タナカカツキさんの漫画『サ道〜マンガで読むサウナ道』が出てきたあたりから、実はファンだった人が声を上げ始めたのです。

 そして僕や共著者の松尾大さんがサウナイベントをやったり、アーバンサウナを打ち出したり、DJを呼んだりしているうちに、イメージが一気に変わっていった。「実は、僕も」ということで、IT経営者が集まってきたり、モデルの女性が支持をし始めたりして、サウナは格好いいという空気に変わっていきました。佐藤さんは言います。

「昔なら、広告を使ってイメージ戦略でサウナを変えてしまおう、なんてことになったと思うんですが、今は違うんですよね。興味関心がない人に、いくらサウナを勧めても二の足を踏む。それよりも、隠れたサウナファンをあぶり出したわけです。しかも類は友を呼びますから、サウナ好きのまわりにはサウナ好きがいて、一気に広がった」

 僕自身もこれを実感していて、サウナのイメージが変わったのは、サウナに自信を持てた人が増えたからだと思っています。もともとサウナが好きだったけど公言できなかったところに、お墨付きをもらえた。そもそもいたファンが顕在化したのです。

 そしてここで大きな役割を果たすことになったのが、言葉が作られたことだと思っています。タナカカツキさんの「整う」です。もともとサウナ好きの人たちが、「あ、オレが感じてた気持ち良さって、これだったんだ」ということに気づいた。だから、「整う」という言葉が一人歩きして、バズったのです。

 ここから作法が広がり、サウナに詳しい誰かに連れていってもらうという流れができ、作法をマスターすると、また連れて行ってほしいという声が周囲から上がり、スパイラルにファンが拡大していった。

「連れて行っても儲かるわけではないんです。それでも引っ張っていく。そういう人が増えてくると、もうファンの拡大は止まらなくなります。人は多様な人と付き合っているように見えて、自分と似た人としか付き合っていないんです。だから、ますますスパイラルは強くなる」

ウェブサイトが、ユーザーズボイスから始まる

 ファンに自信を持ってもらう。実際、これをやっている企業がすでにある、と佐藤さんは言います。

「ユーザーの声を、見やすいところにちゃんと置いておくんです。例えば、多くの自動車メーカーのウェブサイトに行くと、まず目に入るのは、各社のお勧めの車種です。でも、これだけ情報が溢れる中で、自動車メーカーのサイトにわざわざ行く人が、新規のお客さんとは思えません。では、誰が見に行くのかというと、ファンが見に行くんです。だから、マツダのサイトでは、いきなりユーザーズボイスです。ユーザーたちがマツダのことを語ったり、車種のことを語ったりしている。そういうのを読むと、ああ、自分もそう思ってた。自分もこういうことを発信していいんだ、と自信が持てるわけです」

 たしかにマツダは有名人を使ったCMなどはやっていません。ウェブサイトでも、有名人ではなく、車の開発者がよく出てくるそうです。ファンが知りたいのは、車に関わる人であり、ストーリー。それこそ、共感できる話だからです。

「会いに行ける開発者、とマツダファンは呼んでいます。開発者を交えてのファンミーティングもよく開かれています。だから、ファンは開発者の名前にも詳しいですよ。開発者が超有名人なんです。だから、共感や愛着も強まる。他の車を買おう、なんて考えない。裏切った感じになっちゃうでしょう(笑)。みんなマツダから離れられなくなるんです。こうした、ファン目線の取り組みをマツダはずっと続けています」

 著名な人を使うことを、僕も否定はしません。例えばナイキは、大迫傑選手にシューズを提供しています。ただ、これは大迫選手が有名だから、やっているのではない。ナイキのシューズを履いてマラソン日本記録というチャレンジをしてもらいたい、というところに価値を置いているのです。だから、ナイキファンのイメージも上がる。

 一方で、誰もが知っている超有名タレントを使っているけれど、佐藤さんの言うところの露出の発想の企業もまだ多い。いくらカッコ良くても、「絶対にこの商品、使ってないでしょう」と思えるケースは少なくないのではないでしょうか。それでは、共感はまったくできません。こういうことを広告やサイトの作り手が、どれだけ意識できているか、考えるべきだと思います。

上場会社と一人の個人が合弁を組んだ会社

 佐藤さんは2019年5月、ファンベースカンパニーという会社の設立に関わりました。

「僕もファンベースを真剣にやりたくなったんです。新規のお客さんを引っかけて、なんとか売ってやろう、なんてマーケティングはもう二度としたくないので。ファンベースしかしたくなくて、ファンベースカンパニーを作ったんです」

 僕が驚いたのは、この会社、野村證券を核とした金融会社の野村ホールディングスと、アライドアーキテクツという会社に、佐藤さんが個人で参加しているという三社合弁だということです。

「珍しいパターンですよね。野村ホールディングスが金融として多くの企業に入っていく中で、マーケティングの悩みが経営者に強く出ていたのだそうです。それをどう支援していくかというとき、ファンベースというテーマを取り上げていただいたんです。これからは、ファンベースじゃないか、と。いま、ファンベース診断というものも作っていろんな企業のニーズに応えていますが、調査会社になるつもりはまったくなくて、ちゃんと企業にファンベースで伴走していきたいと考えています。ファンベースでファンたちが喜ぶ。ファンを持った企業がより幸せになる。世の中の好きの総量を増やすことで、みんながもっと幸せになれる。そんな会社を目指していきます」

 東証一部上場の会社と個人が合弁を作る。これもまた、まったく新しい動きです。野村ホールディングスとアライドアーキテクツの目の付け所が、なかなかに未来を示唆していると思いました。

 そしてファンベースの考え方の説得力は、何より佐藤さんがかつて電通という日本のマス広告に中心にいて、まさにど真ん中で広告を作っていた人であったことです。その人が、マスの限界を語っている。本気で変えようとしている。

 マスや露出、フォロワー数などにいまだにこだわろうとする人がいますが、もうそこではないのです。企業も個人も、濃いファンをこそ獲得すること。ファンベースをこそ、意識する必要がある。コロナ後の、これこそがキーワードなのです。

本田直之

(text by 上阪徹)


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佐藤尚之(さとうなおゆき)

コミュニケーション・ディレクター。
(株)ファンベースカンパニー ファウンダー&会長
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。復興庁復興推進参与。一般社団法人助けあいジャパン代表理事。大阪芸術大学客員教授。さとなおオープンラボ主宰。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・ディレクターとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
2015年にはコミュニティ運営の会社(株)4thも立ち上げる。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足!」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などがある。

1995年より個人サイト「www.さとなお.com」を主宰。1996年よりレストランガイド「ジバラン」主宰(2006年閉鎖)。
元内閣官房政策参与。元国際交流基金理事。元朝日広告賞審査員。元YOSAKOIソーラン祭り審査員。
花火師免許所持。

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