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「アフターコロナをどう生き抜くか」  Relux創業者・篠塚孝哉は、 なぜ「TASTE LOCAL」を わずか1週間でローンチさせられたのか? (後編)

アフターコロナ時代のあり方とは、どのようなものなのか。それを経営者でシェアしたくて、オンラインサロン「Honda Lab.」の法人向けサロン「Honda business Lab.」において、さまざまなゲストを招いてディスカッションをさせてもらっています。 その中から、とっておきのエッセンスを記事化してnoteで紹介することを考えたのが、この企画。後にマガジン化する予定の「アフターコロナをどう生き抜くか」後編です。

ローンチまで、電話会議は一度もしていない

 会社もない。社員もいない。組織もない。そんな状況から、コロナで危機に陥った旅館を救うために、一流宿のおいしい味を食卓で楽しめるECサービス「TASTE LOCAL」を、わずか1週間でローンチさせてしまった。


 そんな離れ業をやってのけたのが、高級旅館の宿泊予約サイト「Relux」の創業者で、3月末まで社長を務めていた篠塚孝哉さんです。「TASTE LOCAL」はテレビでも取り上げられ、月に2000個売れる旅館のお土産も出てくるなど、大ヒット。旅館の危機的状況の一助となりました。
 どうして彼は、こんな前例のないとんでもないプロジェクトを成功させることができたのでしょうか。サイト構築はすべて、篠塚さんのツイッターやブログでの発信に反応して、ボランティアをやりたいと応募してきてくれた人たちでした。100人以上いたそうです。
「ローンチまで、電話会議は一度もしていないです。すべてSlackです。Slackは、商品登録、SNSマーケティング、データ分析などグループに分かれていますので、加わってもらったら、まず『どこがいいですか』と聞いていました。また、『今こんなプロジェクトがありますが、やりたい人いませんか』と雑談グループにポンとポストして、『やりたいです』と手を挙げた人にやってもらっていました」

ボランティアをいかにマネジメントするか

 前編では、テレビでのプロモーションを次々に決めてきた主婦のPRなどスーパーボランティアも紹介しましたが、逆に手を上げてくれたけれど、スキルセットとしてお願いした仕事ができるかどうかわからない方もいます。
「その場合は、タスクを細かく分解してお伝えしたり、みなさんの得意なスキルを掛け合わせて1つのタスクやプロジェクトをまわすようにしていました」
「ボランティアの期間や稼働時間なども定めていないニューノーマルな組織のため、1つのプロジェクトを終えると本業の関係などでコミュニティを出ていかれる方もいらっしゃいました。また、常に出入りは自由と伝えていました。最終的に稼働しているメンバーは30人ほどになりました」
 7月からは、社員がとうとう1人入社。立ち上げから、ずっとボランティアでプロジェクトを押し進めてきた人物。今は、この社員が全体を仕切ってくれているそうです。

論理的よりもエモーショナルにアウトプットしたほうが、広がる

 篠塚さん本人は、「自分は大したことはしていない」と語っていましたが、実際には緻密にプロジェクトを組み立てていたのではないかと、僕は想像しています。
 しかし、何より重要だったのは、多くの人を惹きつけたコンセプトだったのだと思います。旅館を助けたい、という思いです。それが、多くの人たちの共感を呼んだのです。そのための発信力が大きな意味を持ちました。
「論理的よりもエモーショナルに素直にアウトプットしたほうが、広がるなと思っていました。そのため、最初のボランティア募集は、素直な気持ちでnoteを書いたんです。エモーショナルに。なぜ今やるのか、何をやるのか、をしっかりと説明して」
 宿や地域のレストラン、東京のレストランが困っていること。そのため、自分たちが思いついて実行したいことを、きちんとストーリーで書いていったのです。
「その『なぜ』がしっかりストーリーになり、人の心に響き、ツイッターなどで拡散されていきました。内容はとにかくエモーショナルでしたね」

共感こそが、人を呼び寄せ、人をつなぎとめていく

 もちろん事業は戦略的に構築されていました。例えば、事業成功のために大切な条件を、篠塚さんは3つ定めていました。
「事業を成功させるための因数分解は必要でしたよね。これをひたすら考え続けると、プロセスが発生する。それを徹底的に考え続けました」
 一つ目は、絶対的においしいこと。届いておいしい体験がなければ、次は使われないからです。そして、お得であること。他社よりも高い商品だった場合、買ってがっかりされるだけだからです。
 そして3つ目は、オリジナル性や限定商品など引きが良いこと。TASTE LOCALでしか売っていないものを扱えば、それが価値になる。TASTE LOCALを使う理由になるのです。この3つをチェックしながら、オペレーションを続けていったそうです。
 ただし、戦略から始まったわけではありません。始まりは、やはり共感なのです。共感こそが、人を呼び寄せ、人をつなぎとめていくのです。
 オフィスに行く機会が減り、中にはオフィスがなくなる会社もある中で、これからの会社や組織に求められてくるのは、まさにこの共感だと僕は思っています。これからの会社が向かうべきは、この共感づくりなのです。
 その上で、思いが実現できる戦略へと落とし込んでいくのです。

「信頼貯金」があるから、共感を得られる

 では、共感を得るために、何をしなければいけないのか。そもそもTASTE LOCALがあれほどの共感を得たのは、発案者が篠塚さんだったから、ということがとても大きいと思うのです。共感できる発信は大事。でも、誰が発信しているか、はもっと大事です。
 篠塚さんは、何度も書いているように高級旅館の宿泊予約サイト「Relux」の創業者であり、ついこの間まで社長を務めていた人です。そういう人が旅館を助けよう、TASTE LOCALをやってみようと発信したからこそ、支持を得られたのです。
 これが、どんな人なのか、わからないような人が発信していても、共感は得られたとしても、大きなものにはならなかったでしょう。結果的に、無理に誰かに仕事をお願いするようなことになりかねない。
 それまでの行動、僕は「信頼貯金」という言葉をよく使いますが、それがあるから、きちんと共感が得られる。逆にいえば、それをしっかり作っておかなければいけないし、その信頼貯金に見合った発信をしていかなければいけないということなのです。
 ときどき、とにかくお金が必要だからと、ほとんどつながりもなく、その人のことがよくわからないのに、クラウドファンディングに参加してほしい、と声を上げる人がいますが、これは信頼貯金ができていない場合の典型例です。
 起業をして、ちょっと知り合いだからという理由で、当たり前のように営業し、商品を売り込んでいったり、誰か紹介してください、などという人も同じです。それまでに、ちゃんと信頼貯金を作っておかないといけないのです。

自分がメディアになって発信していく

 では、信頼貯金を作っていくためには、どうすればいいか。もちろん、それなりの行動が求められてくるわけですが、シンプルな方法のひとつとして、日頃から発信していくことが挙げられると僕は思っています。
 自分は何者で、どんなことを考えて、どんなことをしたいのか。自分メディアを構築して、発信していく。それを理解してもらっていたなら、その先に何かが起こる可能性が出てきます。
 とりわけこれからは、自分を表現する場をもっときちんと持たないといけない時代になったと僕は思っています。SNSもそうですし、noteやVoicyなど、自分を発信できるツールはたくさんある。
 マスメディアの権威がどんどん薄れ、多くの人の関心はマイクロメディアに向いています。これこそ、まさに自分のメディアの時代です。自分がメディアになって発信していくことが意味を持ってくるのです。
「思い」をきちんと発信すること。それが共感のベースを作ってくれたり、応援につながったり、何かのビジネスにつながったりするのです。

最後発の宿泊予約サイトがなぜうまくいったのか

 篠塚さんが2011年に立ち上げた「Relux」も、実は「思い」があってこそのものでした。もともとリクルートで「じゃらん」の営業をしていた篠塚さんは、東日本大震災の影響を大きく受けた東北の宿から「困っている」と相談を受けたといいます。
「そこで何を思ったか起業しまして、直接1社1社を回ってホームページの作成をお手伝いしたりしていました。ネットの予約サイトでの集客を手伝ってあげたり、コンサルティングを行ったり」
 Facebookマーケティングもいち早く導入して、新サービスを始めたりもしました。事業は順調でした。しかし、次々に競合が参入してくる中で、「自分がやっている意味はなんだろう」と悩み始めたのです。
「そこで浮かんだのが、堂々とした自社プロダクトを一つ作らないといけない、ということでした。そのほうが起業した会社として面白いし、社会的にも意味を見出せる」
 ここで生まれたのが、高級旅館にフォーカスした宿泊予約サイトだったのです。右肩上がりだったコンサルティング事業をやりながら、Reluxへの投資も始めます。2013年のことです。しかし、当初は苦戦を余儀なくされました。


「Reluxは、最後発の宿泊予約サイトでしたので、最初は苦戦の連続でした。登録宿を1軒ずつ、コツコツと増やしていくことだけを考えて動きました」
 実際、良い旅館ばかりを集めるというのは面白いと僕も登録したのですが、いかんせん数が少なかった。20軒ほどしかなかったのです。これが最終的に年間200億円の流通額、社員200人の会社へと結実していきます。
「最初は小さくスタートすることは決めていました。TASTE LOCALも最初は10個くらいの扱い商品から始まっています。『リーンスタートアップ』という本があるんですが、小さくてもいいからとりあえず出して、マーケットの反応を見ながら考えよう、という思考性が強いんです」


Reluxが功を奏したのは、安売りせず、手数料を高く設定したこと

 ユーザーも数千人の登録が集まるものの、予約はまったく入りませんでした。それでも、じわじわと旅館数、会員数ともに拡大していきます。僕が驚いたのは、後に大きな意味を持ってくる、大胆なビジネス設計をしていたことです。
「当時から、僕らは15%の手数料で宿と契約していたんです」
 他社の予約サイトでは、多くが12%。なんと最後発なのに、高い手数料設定をしたのです。しかし、利益が高くなるから、思い切った戦略が打てた。ユーザー向けの還元ポイントも高くできた。マーケティング施策でも差別化できた。安売りをしなかったのです。
「宿への営業では、例えば平日宿泊が増えるなど、これまでにないユーザーを獲得できることを強調しました。また、手数料は高いけれど、広告費を使って御社のために集客をする、ということも強調していましたね」
 顧客の何を支援したいのか。起業して何をしたいのか。その「思い」がなければ、焦って価格競争に飲まれていくだけです。これまでにないビジネスを作ろうとしたからこそ、最後発ながら「Relux」は成功したのです。
 これから求められてくるのは、「思い」。人々の共感を呼ぶ「思い」をいかにはっきりさせ、発信していくか。篠塚さんの事例は、大きなヒントになると思っています。

(text by 上阪徹


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