ありとかげ
書き出しただけでも偉い。三歳児を褒めるように、いや子供を舐めちゃいけない、嘘の言葉はすぐバレる。書き出して偉いと言われたわたしは喜んでいてなんの言葉も素直に受け取ってしまう。言葉は人を強くも弱くもする、力がある。いちいち全ての言葉を受け止めていたら腹の中はいろんな色が混じり合ってぐちゃぐちゃだ。
特別なことはない、といえばそうだ、仕事場と家の行き来で一日が終わり、週が終わり月が終わる、そうして一生を終える訳にはいかないし、終えることもない。平坦でなんでもないなんてない嫌なことも良かったこともたくさんある、なんでもない日々も振り返らずともこの毎日の中にも起伏があってその都度影響を受けるわたしがいる。
くだらないくだらないくだらない。むしゃくしゃしてやった、何もない何もないから好きにやれる、はずだ、それなのにくだらない。書けなんでもいいから、なんで、いい子にして無理をしてダメになってそれでどうなるんだ。嘘みたいだ、嘘みたいな光だ、真っ白だ真っ白とだけわかる、いやそれは白ですらない、光、光そのもの、見えてすらいないかもしれない、光で目は潰れている、もう見えないかもしれないこの目は、見えないことさえ見えないのだからもうわからない、光だ、光を体が感じていた、体で見ていた、体が光を見ていた。わたしの影がずっと後ろに伸びているはずだ、見えずとも見なくともそれはわかった。影の中に小さなありが、ありはどれも小さいがわたしから見れば、歩いている、三匹が一列になってそれは家族だろうか、ありに三匹きりの家族はいないだろう、たくさんが一つの巣に住んでいる一緒に、大大大家族だ、女は女王は一人だけか、働き者と怠惰な者が一緒に住んでいる、強制とも言わずに黙々と、三匹はどちらのありだ、外を歩いているから働きありか、歩いているから働き者ともいえない、わたしも夜にふらつき歩く、あてもなく目的もなく。用もないのにありは出歩かないのか、何をしているんだ、頭にあるのは餌のことばかりか、それは幸せかもしれない。とにかくありはありたちは歩いていた、わたしはただ光を浴びて立ち尽くしているばかりで、立っているとさえわからなくなって、光の当たる肌がその粒が震えて混じり境界は歪み、光かわたしか光がわたしか、どちらでも良かったわたしにはもう。わたしは光だった。影の中おびただしい数のありが歩き回っている。影のほとんどをありの黒が埋め尽くしている。しかし影の外に出るものはいなかった。働き者も怠け者も決して影と光の境界を越えることはなかった。ありたちは踊っていた、わたしはそれを背後で感じていた、同時にそこはわたしの中の黒だった、ありたちはわたしの中の真ん中で踊っていた。踊っているつもりはありたちにはなかった、ただ全身で喜びを感じていた、一人一人が、一つ一つの命がそれぞれの喜びを感じていた、その自由な溌剌とした動きがあり全体一つとして波を打つように踊っていた、文字通り波を打っていた、光はその影の揺れを見ていた、喜びにも苦しみにも見えた、光はそれが羨ましかった、なぜかはわからない。光は幸福に満ちていた、幸福しかなかった、それはほとんど苦しみに似ていた、しかし光はそれを知らない。蠢く黒たちは踊り狂っていた、ただただ踊り続けた、それはずっとずっと、死ぬまで続いた。