人形を看取る [SF短編]


「対処可能な手はすべて打ちました。内部機構を最新式にすげ替えられないか模索し、心臓部の結晶体に刻まれた罅(ヒビ)を塞ぎ、欠けたパーツを継ぎ接ぎして。技師としてできることは何でも試したつもりです。けれどもこれ以上は、もう。どうにもなりません。」

彼が努めて冷静な語調で話すと、男は力無く肩を落とした。二枚の唇をかたく引き結びゆっくりと目蓋を落とす。やがて顔をあげたとき、その表情からは侮蔑と諦観の感情が読みとれた。彼にすがり奇蹟を希求するものの多くは、その願望が叶えられないのだと知ると、極めて高い確率で態度を一変させてきた。この男も例外ではなかったのだ。
私が制止にはいるよりも先に、男は口を開いていた。

「残念です。あれほどの大枚をはたいてこの国まで技師を呼び仰せたというのに。彼女を救う手立てはとうに失われていた、なんて。あんまりですよ。ええ。あんまりな結末です。」

***


必要物資の補給を完遂して邸宅に戻る。旅人であり客人である我々に与えられた部屋は広く、長旅の疲れを癒やす設備が整っていたのは幸いだった。明日の出立までは余裕があったが彼には休息が必要だった。

睡眠は不足はないようだが、滋養のある食物を接種させるべきだろう。

人間である彼のあらゆる数値上の変化を記録し健康体を維持できるよう管理するのも私の役目だ。干渉をせずに置くと、食事を抜き不眠不休で作業に没頭するのが彼のもつ悪癖なのだ。

彼の持つ悪癖は過集中にかぎらず、あらゆる物事を投げ出して無気力に放心する癖もある。今晩は後者だ。

彼の視線の先には、一体のドロイドが椅子に腰を下ろしていた。がくりと首を曲げ項垂れた姿勢のまま微動だにしない。

「これだけは慣れないな。」

彼の落とした呟言を聴覚機関が拾い上げるので、私は思考処理を巡らせる。これまでに彼のためにチューニングしてきた模擬人格にはカウンセリングプログラムは設定されていない。

「やめちまえよ。君は人形技師なんかに向いちゃあいないんだ」

予測通り彼は嫌そうに顔をしかめた。あらわになった感傷を隠すように寝台に倒れ込み、うつ伏せの姿勢をとる。

私は視野を絞り、彼の正面に座る女性型のドロイドを観察する。小型でありながら機能美を備えた個体だ。ボディには彼女のために拵えられたであろう紺色のワンピースが着せられている。

稼動中は裾を翻して家事や仕事に奔走したのだろう。彼女は、持ち主の男にとっては秘書のような存在なのだと教えられていた。

人形技師である彼がこの国を訪れたのは、ある富豪からドロイドの修理を依頼されたためだった。国の要人である彼に導かれ、人形技師としてドロイドの修復を試みたが結果は実らなかった。

そうなると、人形技師にできることはひとつしかない。

終息宣告。駆動限界を超え修復不可能と認定された固体はしかるべき手続きを終えたのちに廃棄処分となる。持ち主の合意を得られたならば、人形技師はドロイドの全機能の停止させて、彼らに死をもたらすことができる。

部屋に安置された女性型のドロイドはすでに終息宣告を済ませた個体だった。

彼にとってそれはたいそう精神を疲弊する行いらしい。そのくらいは私にもわかる。

ごろりと寝返りを打って窓枠に背を向ける彼は泣いてはいないだろうか。昔は泣き虫だったからありえそうなものだ。

さて彼を慰労するのであればーー久しぶりにクリームシチューでも作ろうか。キッチンに立ち人間用の食材を見繕う。たかが食事、されど食事だ。彼が再び歩き出す原動力になりさえばいいのだ。


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こちらのつづきです。

しばらく隔週ハルニレかなぁ。

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