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愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。
脂っこいラーメンを食べたから、散歩することにした。厨房に向かってごちそうさまでしたと声をかけると、梁のところに
「辛口ラーメンチェック★★★☆☆ 鬼のバランス感!!」
と手書きの紙が貼ってあった。
辛口ラーメンのチェックなのか、辛口なラーメンチェックなのか。辛口ラーメンのチェックの場合、星が多いほど辛いのかな。多いほど旨いのかな。
いやいや、バランスが良くて美味しいラーメンって情報だけ受け取ればいいの。
細かいことに引っかかって面倒な話を始めるのは20代までにしよう。面倒な話を、面白い話に変えられたら良いのだけど。
お腹にはこってりラーメンが入ってるし、最近気分がモヤモヤしてるし、身軽になりたくて家と反対方向に歩き出した。
ポルノグラフィティの曲を人気順にかける。Air Podsのノイズキャンセリングをオンにして、やたらビビッドなスニーカーを投げ出して縁石に座る男の子や、私の学生時代の「かわいい」とは真逆な髪型をしていて、それでもかわいい女の子をMVにして歩いた。
『今宵月が見えずとも』のイントロが始まる頃、若者が駄弁る駅前を過ぎて、人気のない交差点にさしかかった。
太宰を手に屋上に上がり この世などはと憂いてみせる
空にツバを吐いたら自分にかかった
何十回も聞いた歌で「この歌詞ってそう言う意味か!」と驚く瞬間がある。なぜか今初めて気づいた。太宰を手にって、太宰治の本を手にってことか。
太宰は「この世などは」文学なんだな。じゃあ、中原中也は何の文学だろう。
たぶんだけど、中原中也の詩はポルノの歌に出て来なそうだな。
中原中也。『汚れつちまつた悲しみに』で有名な詩人。私が一番好きな作家。とにかく純粋で、この世は純粋なまま生きるには地獄だと理解して、それでも純粋に生きて詩を書いた人。
『春日狂想』というタイトルの詩がある。
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に方法がない。
けれどもそれでも、業が深くて、
なほもながらふことともなつたら、
奉仕の気持ちに、なることなんです。
奉仕の気持ちに、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
(後略)
この詩を初めて読んだとき、私は「そんなあ」って顔をしていたと思う。そして読み返すたびに「そんなあ」って顔になる。
愛するものが死んでしまったら、自分ももはやこの世に用はない。
深くて静かで悲しい。
初めて読んだのは高校1年生のとき。絵や文で死を扱う学生はいるけれど、どうしても「そういうこと言いたい時期」感が拭えない。(私が一番“そういう“子だったからかも)
それに対して、詩集のページにいきなりあらわれた『愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。』は特別にリアルで重たかった。
学校で幸せな人気者になるコツは、多く、広く、浅く依存することだ。軽やかでしつこくなくて、ムラがなくて、必死にならない、サラッとした人間。
なのに、中原中也は、たった1人に限定して、深く深く愛した。そんな心、自分でも扱いにくくて、感情ジェットコースターになっちゃって、ツラいのに。なんて純粋な人なんだろう。
ポルノの『今宵月が見えずとも』をリピートで3回ほどかけると、車の多い大通りに出た。もう1回リピートして、
『太宰を手に屋上に上がりこの世などはと憂いてみせる』の中原中也版を考えてみる。
太宰治と中原中也は面識があった。太宰が中也に憧れの気持ちを持っていたらしい。初対面の太宰に、中也はこう絡んだ。
何だ、おめえは。
青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。
全体、おめえは何の花が好きだい?
泣きそうな声で「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と答えた太宰に、「チェッ、だからおめえは」と返した。
人に絡むときに好きな花を聞いてしまうところが好き。
荒っぽい言葉を使うほど、守っている心がどれだけ細やかで敏感か、思いを馳せずにはいられない人だ。
「純粋な人」って、素直で毒がなくて、こちらに都合の良い人ってわけじゃないな。ガラスでできているくせに、コンクリートに体当たりしてしまう人。お互い怪我するのにつかみかかってくる人。近くにいると、なんなら都合の悪い人だ。
太宰を手に「この世などは」と憂いてみせる のなら、
中也を手に「わかってくれよ」と嘆いてみせる がいいな。
ポルノの知らない曲が続いたので、ゲスの極み乙女の『キラーボール』を聴いた後、『ロマンスがありあまる』を流した。
悲しくって泣けるなんてものより おおお
棘を取った優しさなんてものより おおお
ずっとずっと美しいんだ 信じてくれよ
名前も知らぬ 誰かが僕の音をさらった
あ、なんか、中原中也のイメージにピッタリ。
普通に生きていくには酷なほど純粋で、自分が正しいと信じて、さんざん傷つけて傷ついて、わかってくれよって詩を書いて、「僕は本当は孝行者だったんですよ」と言い残して30歳で亡くなった。
中原中也は、彼の周りの人間と、世界と、衝突しながら生きた人だと思う。その衝突が、時間の摩擦と抵抗を受けて、ちょうど私の体の真ん中にストンと落ちた。あなたの書き残した詩を、もう全部読んでしまった。あと数年であなたの歳を追い越してしまう。
ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながらコンビニを通り過ぎる。中也とあまりに違う時代に生きている。
本の話ばかりしているのに、なぜか触れ難かった一番好きな作家のことを、初めて文に書いてみた。
『春日狂想』が収録されている詩集は多いけど私が読んだのはこの本。
太宰とのエピソードなどはこちらで読みました。
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