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少女がわりばしに!?  芥川賞作家・今村夏子の不思議世界【編集者通信】

今村夏子さんの最新刊、『木になった亜沙』。
書籍の担当編集者・田中光子が、この本の魅力についてお話しします。

読み終わったとき「第三の眼が開く」物語とは……?

音声メディアvoicyの「文藝春秋channel」にて配信した内容を一部、活字にしてお届け!

音声全編はコチラからどうぞ

◇ ◇ ◇

『木になった亜沙』収録作品のあらすじ

『木になった亜沙』は3作収録の短編集です。

「木になった亜沙」
亜沙の渡すものは、誰にも食べてもらえない。「誰かに食べさせたい」という願いがかなって杉の木に転生した亜沙は、わりばしになって若者と出会うのだが......。

「的になった七未」
どんぐりも、ドッジボールも、なぜだか七未には当たらない。「ナナちゃんがんばれ、あたればおわる」と、みんなは応援してくれるのだが......。

「ある夜の思い出」
学校を出てから15年間、ずっと働かずに家にいる「わたし」。あまりに動きたくない彼女は、腹這いのまま家の中を移動し、とうとう外へと繰りだす。そして夜の商店街で、同じように這って動く男と出会うのだった——。

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今村さんの作品の魅力とは?

——表題作「木になった亜沙」は2017年に「文學界」に掲載されています。掲載時にお読みになったとき、どう思われましたか?

田中 とにかく、今村さんは本当にすごいって、心から思いました。
もう、小説にこんなことができるのかって。

ちょっと、不思議な悲しさのようなものがある小説ですよね。

「これでいいんだろうか?」
「みんなこの人たち幸せだったんだろうか?」
「もしかして違う道があったんじゃないか?」

と、読んでいて何か大きな宿題を今村さんからもらったような......。そんな気持ちになりました。

——田中さんの思う、この作品ならではの、「すごさ」というのはどこにあると思われますか?

田中 小説を読む面白さ、読書の面白さって、いろんなジャンルがあると思います。

 例えば、その小説の主人公に対して、「わかるわかる」「そうだよね」「彼女と同じこと、わたしにもあった」って、読み終えて、共感する気持ちになるものもありますよね。

 芥川賞を受賞した今村さんの作品は、純文学で、ちょっと敷居が高く感じられるかもしれません。しかし、どちらかというと、読み終わった後に、何か、自分の中で第三の眼が開くような小説です。

 読む前と、世界が全然違って見えるような......。今村さんのすごさはそういうところだと思います。

 いつも、私たちが社会、あるいは会社とうまくやっていくために、「ちょっとおかしいぞ」とか、「なにか私は、圧をかけられていたかもしれない」と思っていることを、押し殺して暮らしていることって、たくさんあると思うんです。

 しかし小説の力で、何かそこに、もう一つ自分の中の目が開いて、「やっぱりおかしかったんじゃないか」「本当にそういう社会でいいんだろうか」というふうに、気づかせてくれる力。

 これが決して、わかりやすく、先生が子どもに言い聞かせるような形ではなく、物語、あるいは寓話に近い形で書かれている。本作はそういう小説だと思いました。

 もしかすると、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』に近い読み味じゃないかな、とも思います。『コンビニ人間』がお好きな方は、間違いなく今村さんの作品もお好きかと。

担当編集者に特に「ささった」一節をご紹介します

——田中さんが、この作品の中で、とりわけ好きな一節を、ご紹介いただけますか。

田中 木になった亜沙」から紹介しますね。人間の時は誰にも食べさせることが出来なかった亜沙が、わりばしになって、初めて若者に食べてもらう場面です。

 若者は細長いビニール袋をぺりりとやぶった。瞬間、新鮮な空気が亜沙の細胞という細胞に入りこんだ。亜沙は全身で息をした。

 若者は亜沙の腕をつかんで縦に割った。パキッ! と良い音がした。それが始まりの合図だった。わりばしの亜沙は何をどうすれば良いのか知っていた。大きく息を吸いこむと、ひろげた両手を温かいごはんの中にためらいなく突っこんだ。そして一気にすくい上げる。わー、と若者が口を開けた時、亜沙も一緒に「わーい」と叫んでいた。

 食べた。

 口から両腕を引く抜くと、休むまもなく今度はからあげに手を伸ばし、それをつかんだ。からあげも食べた。

 お腹がすいていたのか、若者はよく嚙みもせずに飲みこみ、すぐにぱかと口を開けた。亜沙は何度も白飯に飛びこんだ。おかずばかりに集中すると最後にごはんが余るので、たまにゴマ塩だけでごはんを食べてもらったり、揚げ物のあとにキャベツの千切りで口の中をさっぱりさせたりといった気遣いも忘れなかった。最後に、点々と散らばったごはん粒を両手ですべてかき集めて、若者の口の中に届けた時、亜沙の目から涙がこぼれた。

「あーおいしかった、ごちそうさま」

(今村夏子『木になった亜沙』、25~26ページ)

田中 ここは、本当に、すばらしくって。ちょっとエロティック、っていう感想もありました。いいところです。

——幕の内弁当を食べているところでこういう描写をされるのは、なかなかすごいですよね。今、ちょっとゾクッとしてしまいました。

田中 本当ですよね。ちょっとキャベツも食べてほしい、とかね(笑)。

今村さんが語る、創作裏話(Apple Booksの記事からのご紹介)

——今村さんは、芥川賞受賞作『むらさきのスカートの女』や、『木になった亜沙』以外にもたくさんの魅力的な作品があります。ご自身の作品について、Apple Booksに今村さんご本人がコメントを寄せてくださっています

田中 Apple Booksさんは、「注目の作家」というコーナーをもっていらっしゃいます。このコーナーでは、林真理子さんなど、いろいろな作家の方に3作か4作、ご自分で選んでいただいて、エピソードや、ちょっとした推薦コメントをアップされているんですね。

 今村さんのこの3問3答が本当に面白いので、ぜひ、ご紹介させてください。

Q1 もっとも思い入れのある本はどれですか?
A1 『木になった亜沙』

 祖母は、親戚の集まる盆や正月によく柏餅を作ってくれました。餡も餅も自家製の、美味しい柏餅でした。いつだったか、祖母の作った柏餅に、親戚一同、誰も手を付けないことがありました。祖母は、皿に余った柏餅を一人で黙々と食べていました。あの時の柏餅を、今、全部平らげようという気持ちで書きました。

 すごいエピソードですよね。たぶん、これは「文學界」の担当編集者も知らないと思います(笑)。私も知りませんでした。

 ちょっと『魔女の宅急便』を思い出します。

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田中 2つ目の質問をご紹介しますね。

 Q2「はじめて読む人にお勧めしたい本はどれですか?」。
今村さんは、『あひる』を挙げておられます。

『テーマは自由、枚数は三枚以上、何でもいいので自分の楽しみのためだけに書いてください』という執筆依頼を受けて構想を練りました。子供時代に見た景色や、学生時代に友人と散歩した時の思い出などが混ざり合った結果、独り言のような物語ができました。気軽に読んで頂けたらと思います。

 この依頼をなさったのが、『木になった亜沙』の書評を書いてくださった、作家の西崎憲さんです。

 西崎さんは、本作に収録されている「ある夜の思い出」が掲載された雑誌『たべるのがおそい』の編集をなさっていました。

 確かに、『あひる』まで今村さんは少し執筆に時間が空いていたので、「何枚でもいいです、3枚以上、何枚でも」って言われて、とても気持ちが楽になって書けました、と昔おっしゃっていました。

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田中 最後、「もう一度ご自由に選んでください」という質問に対して、『こちらあみ子』を選ばれました。

明るくて少々のことではへこたれない、強い女の子が主人公の物語を書きたい、という思いからスタートしました。アルバイトが休みの日の朝九時、近所のスーパーが開店すると同時に、柿ピーとつぶあんパンとカップアイスを買いに走り、それらをすべて平らげてから机に向かっていました。そうすると、なぜかとても集中できたからです。

——そんな風なスタイルでご執筆されていたんですね! 驚きです(笑)。

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