「室温〜夜の音楽〜」というホラーコメディ


「室温〜夜の音楽〜」


声が良かった。
物語は堀部圭亮の電話の芝居から始まる。ええ、えぇえ、ええ。
怖がる必要はないですから。ええ、ええ、そーうです、ええ。
何文字もの「え」を約2分間聴き続けるのだが、単調どころか一気に物語に引き込まれる、強烈な掴みだ。
抑揚や声の艶からこの人物の胡散臭さと妖艶さに基づく怪しさが十二分に伝わり、その大袈裟なまでの軽薄な相槌からは彼が聞かされている内容は「起きてはならない重要なこと」ではないかと物語への期待が高まる。

続いて登場する我が家坪倉。彼は堀部さんに比べ、声が馬鹿でかいなと最初は違和感を持つ。が次第にその少々オーバーな坪倉氏演じる警察官の「馬鹿で単純な男」という演出が我々の緊張をちょうどよく解すためにあるのだと理解し、彼の陽気なテンションにすっかり油断しきることで物語の展開をより「ゾッと」楽しめる。

全部観終わった後だから言える。冒頭数分間繰り広げられる、堀部氏と坪倉氏の掛け合いには随分と、いろいろな感情が込められていたのだろう。

そしてこの舞台に最も欠かせない人物、平野綾氏の登場である。3階席奥にかろうじて聞こえるボリュームの、静かな声。だけどどうしたって耳に入ってくる、どこか不気味な声。彼女が登場するだけで空気が引き締まり、思わず目で追ってしまうまさに「ヒロイン」の佇まいだった。一言一句、まるでスローモーションみたいに彼女の言葉が全部脳まで入ってくる。だけど、すぐさま理解はできなくて、この人は何を言っているのだろう、何を考えているのだろう、と夢中で考えてしまう。ある意味私にとって「夜の音楽」は彼女だった。

一方でその「音楽」を担っているはずの在日ファンクはというとあれは完全に役者であり演出家だった。歌詞と音を使って物語をリードしてくれる、案内役のような、雰囲気がコメディにもホラーにも寄りすぎないように戻してくれるような。「この舞台は、こういうテンションでやっていきますよ」とコンセプトを整えてくれる存在だった。

これからご覧になられる方には、なかなか登場しない主演、古川雄輝氏の蔑ろにされ方にも注目していただきたい。ようやく出てきたと思ったら、しばらく棒立ちし頭を下げている。平野氏との掛け合いではテンションの差から、本当に反省ししおらしくしているのか、ただ馬鹿なのか掴みかねる無機質さを見事に演じている。登場人物の中で最も動きが乏しいが、最も不気味な人物かもしれない。そういった意味では、主人公「間宮」は古川氏はもちろん平野氏、長井氏と3人で作りあげられているように感じた。声の抑揚が激しくダイナミックに動き回る女性陣、長身で動きの少ない古川氏、その対比が狙ったものなのか、偶然なのか(そもそも舞台において偶然など存在するのだろうか)わからないが、私の中で間宮の人物像を作り上げていってくれた。

今作には「ジェントル」「少年」「警官」などまだ多数の役どころがある。私のように想像力の乏しい人間が脚本を、文字だけを読んだらおそらく「この役、必要か?」と思ってしまうような、文脈の非常に難しい役どころなのだがテンポ・音楽・照明や映像全てがぴったりハマり、(作り手からすれば当然であろうが)どの役もこの作品に欠かせないものとして存在していることが素人目にもわかった。

さて、役者、その役割という切口で舞台「室温〜夜の音楽〜」を(ネタバレしないよう最新の注意を払いながら)語ってきたわけだが最後に長井氏のこの言葉にも触れておきたい。

「観客に容易にわかった気持ちよさを与えてくれない。そこがKERAさんの作品の豊かさだと改めて感じています。」

「室温〜夜の音楽〜」公式パンフレットより

わからないのだ。ここが良かった、あそこが重要だった、ここで引き込まれた、などと言ってみたところで総じてこの物語は、間宮は、キオリ、海老沢、下平はなんだったのか、よくわからないのだ。時折「リン」となる鈴の音、キオリのひらひらと動く様、海老沢のねっとりとした声、木下の神出鬼没さ、赤井の、間宮の、下平の狂気は夏になると思い出すような、自分の感情の一つとして心に仕舞われたように感じている。

ところで私は舞台に空席が見えることを非常に悲しく、苦しく思ってしまう種類の人間である。どうかこの些細で個人的な感想文が、どなたかの興味をそそり7月10日までの東京公演、空いている席を埋めるきっかけとなってくれることを願う。(東京公演の評判を背負って開幕する兵庫公演は、言わずもがな満席だろう。)

「室温〜夜の音楽〜」登場人物とあらすじ

田舎でふたり暮らしをしているホラー作家・海老沢十三(堀部圭亮)と娘・キオリ(平野綾)。
12年前、拉致・監禁の末、集団暴行を受け殺害されたキオリの双子の妹・サオリの命日の日に、様々な人々が海老沢家に集まってくる。巡回中の近所の警察官・下平(坪倉由幸)、海老沢の熱心なファンだという女・赤井(長井短)。タクシー運転手・木村(浜野謙太)が腹痛を訴えて転がり込み、そこへ加害者の少年のひとり、間宮(古川雄輝)が焼香をしたいと訪ねてくる。
偶然か…、必然か…、バラバラに集まってきたそれぞれの奇妙な関係は物語が進むに連れ、死者と生者、虚構と現実、善と悪との境が曖昧になっていき、やがて過去の真相が浮かびあがってくる…。

https://www.ktv.jp/shitsuon/
公式サイトより抜粋

「室温〜夜の音楽〜」チケット情報(6/26時点)

開演45分前より当日券販売中
https://www.ktv.jp/shitsuon/

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