夫の趣味は私

「あのね、これはのろけじゃないのよ」

真面目な顔でA子さんはそう言った。

「ほんと、のろけじゃないんだから」

A子さんは僕の顔をまともに見る。

「うちの亭主の趣味なんだけど」

のろけと来たらご主人のことらしい。

「どんな趣味をおもちなんですか?」

「それがね、うちの人の趣味はね」

と、そこまで言ってまた切れる。

「それがね、私なのよ」

思わず「えっ」という顔をしたと思う。

「うちの亭主の趣味は私なのよ」

「はあ?」

「だから、いつも私を観察しててね、

それを書き留めたりしてるのよ」

「いつも見られてると」

「そう、だからヤになっちゃうわけ」

そういえば、高校のクラスメートだった

N子も同じことを言っていたっけ。

「うちの人の趣味は私でね。だから

今日のN子さんなんてタイトルで

自分のブログにアップしているのよ」

そこでそいつは大笑いしたっけ。

彼女の場合は完全にのろけである。

では、A子さんはどうなのだろう?

だからこう言ってみた。

「いいじゃないですか?

奥さんに関心があるなんて」

「他に趣味はないのかなって。

一応クラシックを聴くことなんだけど」

「それは十分に趣味じゃないですか?」

「でもクラシックは二番目なんだなあ。

一番目の趣味は私なの」

やはり、これはご馳走様である。

そう言うべきことじゃないかと思った。

「A子さんは幸せもんですよ。

うん、絶対に幸せな女性です。

そんなご夫人、滅多にいないですって」

A子さんは微笑んだのだろうか?

わからないけど、きっとそうに違いない。