小沼丹作品集『懐中時計』

小沼丹という大正生まれの作家の

『懐中時計』と題する短編集を読んでいる。

昭和44年初版の外箱付きの上製本である。

誰も読んではいない感じのさらの風情あり、

活字は旧漢字がとても多く読み辛いがいい。


最初の短編小説『黒と白の猫』、

昭和39年に『世界』に発表されたものだ。

大寺という主人公の家に上がり込む

フランス娘のような白黒の猫が名脇役。

奇妙な味わいが小説全体に漂う。


小沼本人であろう大寺は大学の先生で

ドイツ語とロシア語の友人も登場する。

普通の生活なのに普通ではなく、

センチメンタルではないところがいい。

一読して今は亡き小沼の愛読者になった。


小沼は死んだけれど、作品は残っている。

いいものを書けばいつまでも読まれる。

庄野潤三も良かったけれど小沼も良さそうだ。

また一つこのご時世に読書の楽しみが増えた。

続く短編は『タロオ』、どんな作品だろう。