あの人の音楽

あの人は「ただいま」の言葉を言いたくないという。

いつでも「行ってきます」だけにしたいと言うのだ。


戻る場所などいらないのか。

ほっとする場所を必要としないのか。

いつでも旅人でいたいのか。

それで疲れないのか。


きっとあの人の祖先は狩猟民族だったのか。

それとも大洋に出て行く漁師だったのか。

獲物を得るまでは旅の連続。

それでも半年、1年と経てば戻ってきたに違いない。


だったら、あの人の祖先は遊牧民族だったのか。

羊や牛を、草のあるところ、あるところに

連れて歩き移動して暮らす人々と同じなのか。

それなら戻る場所はないのも同じだ。


きっとそうであるに違いない。

だって、あの人は遊牧民族と同じで

家族を共に連れて歩くからだ。

私という妻をいつも同行させている。


あの人は音楽家だ。

新しい音とメロディをいつも求めている。

インスピレーションを湧かせたいのだ。

きっと家の中にいては創造できないのだろう。


遊牧民も自分たちの音楽を持っている。

ジプシーも優れた音楽家だ。

でも音楽のために旅をしているわけではない。

あの人は音楽のために旅人となっている。


それがあの人の音楽。

あの人の音とメロディ。

世界中の人を魅了する。

いつでも新しい風が吹いている。