ヴァイオリニスト,川畠成道さん

「あっ、成道くんじゃない?」

最初に気がついたのは妻だった。

成道くんとは、ヴァイオリニストの

川畠成道さんのことである。

僕は彼がデビューした頃、

彼から話を聞いて本に著した。

かれこれ20年も前のことだ。


その頃の川畠さんは目が不自由だった。

それでも才能と努力で桐朋学園大学から

英国王立音楽院に留学して首席で卒業、

日本に戻ってきて華々しくデビューした。

デビューCD「歌の翼に」は10万枚を超す

クラシック部門異例のヒットとなった。

繊細かつ大胆な音色で人々を惹きつけた。


家の近所の地下鉄駅のホームだった。

「成道くんですか?」

「はい、そうですが」

僕は自分の名前を言った。

「わあ、懐かしゅうございます」

覚えていてくれて感激した。

彼は今もソリストとして大活躍中だ。


話しだけでなく彼のことを書くために、

ロンドンのロイヤルアルバートホールで

彼の渾身のコンサートを聴いたり、

彼が子供の頃に視力を回復しようとした

ロサンジェルスの病院も一緒に訪れ、

ロスのコンサートも聴かせてもらった。

こうしたことが走馬燈のように蘇る。


「今は感染を避けるため僕のコンサートは

中止を余儀なくされています。

でも、またぜひお聴きにおいでください」

僕の顔を見ながら笑顔で話してくれる。

「もちろん、もちろんです」

今、彼の視力は少し回復しているようだ。

そうであれば、心の底から嬉しい。


今年は音楽家にとって試練の年になったけれど

彼のホームページを見ると少しずつ始まっている。

まだまだ感染が怖いところもあるけれど、

そろそろ彼の演奏を聴きにいってみよう。

今も青年のような彼の風貌からして

きっと若々しい魅力的な音を聞かせてくれるだろう。

20年ぶりに偶然出会えた奇跡に感謝したい!