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あの頃私は、自分を天才だと思っていた

3日後に、私は3年ぶりに舞台に立つ。その劇中の主人公が「あのころ自分を天才だと思っていた。」というセリフを言う。
私が「役者」という夢を持ち始めたのは、中学1年生のころ。あの頃の私も、自分が天才だと思っていた。大した努力もしてないが、夢は叶うと信じていた。10年後の大きなステージに経つ自分ばかり想像して、明日のための努力をしていなかった。
私が自分は天才じゃないと初めて気づいたのは、高校1年生の時。当時演劇部に所属していた。他の高校の演劇部のルールはわからないが、私の高校では、1年生が音響や照明スタッフ+サブキャスト。2年生が、大会に出る題材のメインキャスト。3年生は引退前はサブキャスト、引退後は部としてではなく授業の一環で卒業公演の制作。とまあこんな感じだった。
1年生の春、入部して間もなくの春の大会で、私たちは初舞台を迎えた。自分を天才だと思っていたし、ある程度お芝居もやっていたから、絶対に私はキャストに選ばれると思っていた。
けど、私は選ばれなかった。20人近く居る1年生の中、10数人はキャストに選ばれたのに、私は選ばれなかった。そしてその後の大会も、1年生のうちに私がキャストに選ばれることは無かった。
その時に気づいた、私は天才でもなければ、華もないのだと。けれど、その時の顧問が口癖のように、「選ばれなくても腐るな」と言っていたので、私は腐ることだけは無かった。例えスタッフとしてでも、全力で舞台に挑んだ。
そして2年生、メインの年。私は半年ほど続くメインの大会の主役に選ばれた。
ここまで書くと、落ちこぼれが努力で夢を掴んだ話みたいになるが、そんないい話ではない。
その後も、文学座の附属演劇研究所生になるが、上にはあがれず。そのあと縁があってある大手の声優事務所の研究生になるも、またあがれず1年で終わってしまった。大きな所に研究生としては面倒を見てもらえるが、所属にはなれない。私は自分で言うのもなんだが、容量はいいが、心の中から湧き上がってくるパワーというか、熱というか、一生懸命さが足りないのだと思う。悪いところはないが、褒めるほど良いところもない。こうやって自己分析しすぎるのも悪い点だ。以前面倒を見てもらっていた(先程書いた)事務所のマネージャーにも「悟りを開きすぎていて、若さがない。人間になれていない(あやふや)」みたいなことを言われた。
でも、それはどうすればいいのだろう?と、ここ一二年で考えていた。コロナもあったが、新しい事務所や人との出会いがあり、そして3年ぶりの舞台。
やっと忘れていた何かを思い出した気がする。がむしゃら、とか、努力、とか、そんな簡単で、でも難しいこと。今回のこの舞台では、初舞台の人も多い。それに加え厳しい演出家。4チームあるが、みんな本当に必死で、毎日迷って、挫折して、泣いて、でも諦めない。そんなみんなを見ていて思い出した。ゴールとか正解とか、見えないし見る必要もないのかもしれない。がむしゃらに足掻くことも、時に必要なのかもしれない。そんなふうに思えた。
長々と自分の過去の話を書いてしまった。
早くみんなに、未来の話もできるような自分になろう。そんな独り言。

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