あなたのまなざしは優しいですか?
昨日に続き、記事を送ります。
ぜひ読んでみてください。
記事を読んで、この言葉が思い出されました。
引きこもり。
不登校。
会社を休む。
会社を辞める。
これらのことに対してどんなイメージを持っていますか。
どんなイメージを持つことも自由なのですが、そのイメージは自分に由るものでしょうか。
社会的、一般的なイメージに支配されていませんか。
僕は、中学2年の1か月間、不登校生でした。
当時の気持ちを正確に思い出すことはできないのですが、登校しようとすると涙が出たことを覚えています。
今の自分が、あの時の自分へ声をかけられるとしたら、
と言うかもしれません。
助けてあげるというのは、優しい響きがするかもしれません。
でも、他者の「自ら助かる力」を奪ってしまうのは優しさではないと思います。
自ら助かるために必要なのは、このような「舞台」なのだと思います。
不登校生は、助けてもらうべき弱い存在なのでしょうか。
そのようなフィルターがかかったまなざしは優しいでしょうか。
手を差し出すことが悪いわけではありません。
その手が必要なときもあります。
でも、誰しもが「自ら助かる力」を持つ存在であることを忘れずにいたいのです。
不登校だから、助けてあげるべき存在なのでしょうか。
そもそも学校へ行かないことは弱いことなのでしょうか。
学校だけのことではなく、弱い存在だと思っている相手へのまなざしについての話です。
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