何かを作り出すという苦しくて幸せな時間
彼女は緊張していた。
決められた場所に10分以上早く着き、シミュレーションを重ねていたと思う。
メンバーが集まる。
お世辞にも自信満々とは言えない口調で、少しずつ、確かめるように説明を始めた。
初めて先輩たちにトワルチェックをしてもらっている彼女の目は必死だった。
トワルチェック。
服作りをする方や服好きな方なら聞いたことがあるかもしれない。
本番とは違う仮の生地で服を作り、それを試着してもらいながら確認・修正をしていくのだが、僕は先日それに初めて立ち会った。
あなたも服を作っているのに?
そんな声が聞こえてきそうだ。
でも、普段一人でシャツの形を考えている僕の場合、意見が欲しい時には妻や友人に試作品を着てもらって好みを聞く。似たようなことはしているけど、複数人の意見を一度に聞くようなことは滅多にない。だから、その現場はすごく刺激的だった。
一つの新作ができるまで
立ち合わせてもらったトワルチェックは、『SANYO ENJIN』チームのもの。
そう、7月に僕が感動しすぎて5時間も会場に滞在してコートとパンツを買ってしまった展示を企画してくれた、三陽商会技術部のプロジェクトである。
展示の後、こんなnoteを書いちゃったもんだからSANYO ENJINの方も読んでくださって、いくつかの嬉しい感想をいただいた。
そこで調子に乗った僕は、自分が主催するイベント『会話とオーダーメイド』に出展してくれないかとオファーしたのだ。
すると、メンバーの森部さんがイベントの考えを汲んだ上で、思いもよらない提案をしてくれた。
「SANYO ENJINに加わった新しいメンバーがいる。彼女の新作トワルをそこでお披露目させてもらえないか。」
これには喜びと驚きが同時にやってきて、ちょっと震えた。
少人数のプロジェクトとはいえ、完成前の試作品である服を一般に公開するなんて普通のアパレルでは考えられない。ある意味手の内を明かす行為だし、そんな実験的なことができる売り場はほとんどない。
でも、僕はそこにこのSANYO ENJINというプロジェクトが常に持つ「愛着のわく服とは?」という問いに向き合う姿勢を見た。応援したい。
一緒に作り上げる服
話をトワルチェックに戻そう。
緊張しながらも、次々に飛んでくる意見を受け止めるのは、その新しいメンバーである福島さん。周りは全員先輩パタンナー(と僕)という状況の中、恐縮しながらも奥底に「またとないチャンスを活かす…!」という火が灯っていたのを見たのは僕だけだっただろうか。
先輩たちからは、「ここは最低でも5センチ足してもいいね」「ここはゆとりがもう少しあっていいね」「このディテールはどう機能するの?」と、意見や質問が飛ぶ。
みなさんには当たりまえなのだろうが、僕にとっては早送りに見えた。
寸法や形状に関する修正の方向性が決まったところで、僕も発言の機会をもらった。僕なりの感想を伝えた後、あまり聞かれなかった要素である「買った人がそれをどんな気分で着てほしいか」みたいな抽象的なことを質問した。
普段、パタンナーとして業務にあたっている彼女からすると、答えにくい質問だったかもしれない。
でも、SANYO ENJINのイベントで服を試着した時に感じた、知識をたくさん頭に入れても「これ、いいわ…」しか出てこないあの感覚をもたらす服になるには、そして誰かにとって「愛着のわく服」になるためには必要な思考の過程なのかなと思って(偉そうにも…)伝えた。
「新作」はそんなに簡単には完成しない。
次はみなさんの意見や感想が必要です。
先に触れた『会話とオーダーメイド』では、今回のファーストトワルからまたブラッシュアップされたトワルが展示され、みなさんはそれを触ったり試着したりできる。僕みたいに見た感想、着た感想や好みをたくさん言ってもらえればと思う(ですよね?)。
何かを作り上げる開発は、なかなか理想に辿りつかず苦しい。
そして、たくさんの意見を聞くことで、悩んで苦しみが増すかもしれない。
でも、多くの方の「こうだったらいいな」に耳を傾けることは「愛着のわく服」の完成に向けて進むための近道だと僕は思っている。
苦しいけど近い。
そんな開発の過程も、意見をくれた方の顔を思い出しながら「いい服になるぞ!」という確信を得ると、なんとも言えない達成感に包まれる。
関わった人が多ければ多いほど、掴んだ時の幸せは大きい。僕はそう信じている。
たくさんの方が見にきてくれますように。
楽しみましょうね、福島さん!
『会話とオーダーメイド』
【日時】11月7、8日 11:00〜18:00
【会場】TRIP ROOM(恵比寿)
オーダーという業態を選んだ時点で「無駄なものを作らない」が頭にありました。これまでもこれからも、ちゃんと袖を通して着倒してもらえるシャツ作りを続けていきたいと思います。