見出し画像

HOKUTO 9×9として活動しようと思った理由

先月、9月9日に愛犬が死んだ。17歳と2週間ほどだった。

まるで私を子どもと思っているかのような犬だったので、私はかあちゃん、と呼んでいた。本名は、北斗といった。

甘えっ子で、家族思いの犬だったので、逝くときはちゃんと知らせると思っていたら、深夜の2時頃に呼吸が止まっているに気付いた。誰にも引き止められず、静かに逝かせて欲しかったのだろう。

その前日、出先から戻ったらぐったりしていた。抱き抱えるとあんなに黒々としていた可愛い目が半分白目に変わっていて、眼球が落ち窪み焦点も定まっていなかった。息も荒く肺炎になっていることに気付いたが、もう手後れなのは明らかで、家で看取ることにした。私は、北斗にしがみついて「こどもを置いて死なんどいてー」とすがったが、後から冷静になって考えると、飼い主に先立たれたら北斗も苦しいし、私も北斗が気になって幽霊になってさ迷って成仏できなかっただろう。本当に北斗が家族の誰よりも先に逝ってくれて、良かった。

北斗は乱暴で、癇癪持ちで、もう二度と犬は飼いたくないと思いながら飼っていたが、憎めないところがあり、その度に騙されて許しを繰り返しながら、大切な家族の一員になっていった。それはまた、別の機会に記したいと思う。

とにもかくにも、北斗を失ってからの喪失感がすごかった。最期はほとんど寝たきりだった北斗も、不自由な身体から脱出できて喜んでいるだろう。それなのに私がここで立ち止まっているわけにはいかないと、自分のためだけに悲しみから抜けるために一着服を作った。無心でミシンを動かし、インド綿でカボチャパンツを縫った。

画像1

それを作り終えて思った。

今まで社会で教わったこと、人の生死、北斗とのこと、その他いっぱい。そして、これからたくさんの人たちから教わること。私の経験は色んなところに還元していった方がいいと。今まで何となく怖くて避けていたが、北斗の死に後押しされ、殻を破りネット上で創作活動や販売をしてみようと思った。

そして、私の創作するものが、誰かの生きる活力にほんの少しでも貢献できるかも知れないと思った。

画像2

北斗から教わったことは、苦しみは長くは続かないし、誰にでもあっという間に死はやってくる。それは、明日かも知れないし、もっと先かも知れない。だからこそ、自分の中で可能性を決めつけずになにかができるようになるまでやり続けたいと思う。

衣食住のこと、そして心の糧になる本、芸術のこと、自然環境のこと等、私が考えること、実際にやってみたことをとおして綴っていきたいと思う。

いつも、私の記事をお読み頂き、ありがとうございます。頂いたサポートは、私の様々な製作活動に必要な道具の購入費に充てさせて頂きます。