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氷室冴子 著 『さようならアルルカン』

ポイント

1.少女たちの心の動き
  主人公の真琴への思いが、憧れから失望、そして戦友と呼べるようなものへと変わっていくのが繊細に描かれている。

2.時代の変化
  40年以上前の作品だが、その世界観は現代に繋がっており、少女の持つ悩みや人間関係、取り巻く環境などに共通点がある。現代はSNSなどのコミュニケーション手段に変化があり、比較することで現代の中高生の姿を考えることができる。

3.ライトノベルの始まり?
  コバルト文庫ということで少女向け小説なのだが、その文体や表現は現在のライトノベルと異なる。少年少女向けの小説の変遷を考えるためには、必読と言える。


今日の部室

登場人物

※会話の勢いを再現するため、本文中に登場する作家名は敬称略になっています。ご了承ください。


副部長 で、それについてちょっと話したい事がある!

※前回の続きなので、気になる方は以下を参考にしてください。

マノ  副部長っていきなりスイッチ入りますよね。

副部長 成瀬・島崎問題を考えるときに、ちょっと読んで欲しい本があるんだけど、『さようならアルルカン』という本がありまして。

マノ  聞いたことないです。

副部長 おそらく私たちの年代はほとんど知らないかもしれない。初版が1979年で、2020年に氷室冴子作品集が出ていて、わたしはkindle版を買ったんだけど、コバルト文庫なので入っている図書館にはあるかもしれない。

マノ  やたら古いの出してきましたね。どんな話なんです。

私は「さようならアルルカン」と書いて、真琴のくつ箱にそっと入れた。小学六年の時から、ずっと見つめてきた彼女は、今やジョークを言い、皆を笑わせ、自らにnot to beを命ずる道化師(アルルカン)になっていた。アウトサイダーであった真琴。他人のぬれぎぬを我が事のように怒った真琴。私の憧れは裏切られ、もはや私の知っている真琴ではなくなっていた。真琴の変化は、果たして成長なのだろうか。

集英社コバルト文庫『さようならアルルカン』あらすじ より

副部長 という感じなんだけど。

マノ  やばい。全然わからない。

副部長 簡単に言うと、主人公はいわゆる普通の女の子で、クラスの中で集団に属して日々をそれとなく過ごしている子。作品中では”「お客さん」的生徒”という表現をしているんだけど、で、小学6年生のある日、主人公はテストの時間にクラスの女の子が消しゴムを落とすのを見かけるの。で、その子が消しゴムを取ろうと身を屈めた時に、先生からカンニングかと疑われるのね。そこで主人公は 「違います」と声を上げたかったんだけど、声が出せなかったのね。

マノ  まあ、わかります。そうやって目立ったり、良いことをすることで、集団の中から外されてしまうことってありますよね。なんか、あいつは生意気だとか、良い子ぶってるとか。

副部長 そう。なので、主人公は責められる対象ではないのだけど、そこでその子がカンニングではないと、消しゴムを拾おうとしただけだと声を上げた女の子がいたの。それが柳沢真琴で、主人公はそこで初めて彼女の存在を認識するわけ。つまり、それまで主人公は自分のグループ内の関係だけで生きていて、真琴のことは全然見てなかったのね。で、友人からは彼女には近付かない方が良いよ、と言われると。

マノ  いわゆる、目立っちゃう人ですよね。それこそ成瀬みたいな。

副部長 そう。自分の正義とか思ったことをきちんと行動に移せる人。

マノ  逆に言うと、いかに私たちが集団にまぎれているか、ということかもしれないですが。

副部長 そうなんだよね。ついでにいうと、これ40年以上前の話なんだけど、結局同じようなことが教室で起きてるってのが、なんとも言えない。

マノ  いまだにグループのどこに所属するとか、そんなのありますよね。

副部長 悩みの90%は人間関係だというけど、学生の悩みの90%は学校内の勢力争いっていうか、ポジション取りなんじゃないかと思う。男子はわからないけど、女子は確実にそう。で、主人公は真琴のことを気にしていくんだけども、中学生になってある事件がきっかけで 真琴はついに自分のスタイルを崩すわけ。世の中に対して自分の意見や思いを表現するのではなく、距離を取るというかね。集団にまぎれることを選んだとも言える。で、そんな真琴を見て、主 人公は、今まで戦っていた真琴を知っていたのに何もしなかった自分がいかに醜悪な人間かに気付き、かつ自分のヒーローであった真琴がそうではなくなってしまったことに失望して、今度は自分が真琴のように生きていくことになるんだけども、ここで大事なのが、ヒーローはSOSを出すのか、ということで。

マノ  なるほど。ヒーローは常にカッコよくないとダメってことですね。別に良いんじゃないですか、辛いときに助けてって言っても。なんか最近はカッコ悪いのがカッコいいみたいなのもないですか。

副部長 ヒーロー自身がSOSを出すのは良いんじゃない、という雰囲気はあるんだけど、問題は真琴はヒーローになりたかったわけじゃなくて、主人公が勝手にそう見ていた状況にあるんじゃないかと。ヒーローというか憧れなんだけども。この話、真琴っていうのは強いヒーローじゃなくて、実は押入れの中で泣いている少女なんだ、というのが描かれていて、主人公はその押入れの扉を開けることで、ヒーローではなく相棒になっていくのよ。

マノ  ヒーローがSOSを出さない、と思っているのは自分で、実はずっと助けを求めていたと。

副部長 そう。

マノ  ああ、辛いですね。それ。物語の主人公ってそのへん、結構チートなのでずっと強かったりしますけど、実際にって考えると大変ですよね。それが成瀬・島崎問題に繋がっていくと。

副部長 そうなの。わたしが憧れるあの人は本当に強いのか。わたしが見たいものを見ているだけじゃないのか。そこをフラットに見てくれるというか本質に気付いてくれる島崎がとても貴重だと思ったりね。やれやれ系の主人公にも通じるところがあるのだけれど、受け止める、それもフラットに、ってとても素晴らしい技術なんだと思う。

マノ  確かに。『成瀬は天下を取りにいく』で、成瀬を成瀬でいさせるためには島崎が受け止めてくれるっていう関係が描かれているのは素敵ですよね。で、結局、副部長がふにゃふにゃしてるのは何なんですか。

副部長 いやあ……なんか、『さようならアルルカン』を読み返すまで、わたしってみんなに愛されてるのに、気付いてなかったなあって、誰にも返せてないなあって、そう思ったら、なんかごめんねーてなって。

マノ  可愛いかよ!なんなんですか。ただの惚気じゃないですか。

副部長 ふへへ。

マノ  笑い方!

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