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DO TO(14) 「あれから好きな画家は河原朝生」


私はエリを恋しく思うようになった。しかし、私にはライバルがいた。無二の親友の大友さんだった。あの手紙の中でも触れた自惚れが強い宗教家だった。我々は子供時代の名残からか、神秘的なものに頼って、心のバランスを保とうとする癖がある。迷信や、祈りもそうだが、占いもその一つだ。大友さんは夢占いができるということで、女子の間ではちょっと有名だった。
エリは大友さんを「夢見兄さん」と呼び、最大の敬意をはらっていた。私が聞けば一笑に付してしまうようなことでも信じて疑わなかった。たとえば彼女が白い龍の夢を見たする、すると大友さんから「白い龍?それは俺」という威勢のよい返事が返ってくる。これには私も「おや、まぁ、はっはっは」となった。しかし彼は占いを邪魔された易者よろしく、はげしい身振りで人の話を中断して、疑問をはさむことを許さなかった。私は閉口したが、エリは熱心に耳を傾けていた。この頃、彼女は精神的に不安定で、幻聴も聞いていたので、まるで弱々しいウサギのように耳をとがらせて話を聞いていた。夢はエリにとって神からのサインで、それこそが彼女が求めているものだった。 
ただ、大友さんにとって夢占いは社交というよりも駆け引きで、結局は親切を押し売りすることで、愛情を取り換えっこしようとしていたのだと思う。エリが夢を話し忘れると「どうしてそんな大切なことを言わないんだ」と怒るようになった。占いでおどかして、心を思うように動かすのと同じなので、馬鹿々々しいと笑ってばかりもいられなくなる。私は不安だった。恋すればこそつらい思いをしなければならなかった。恋すればこそ相手は自分から逃れていく気もした。
私はエリに言われて大友さんを食事に誘った。カレーを御馳走すると言ったら、「なんだ、カレーかよ」と言われた。どうして、彼がそこで横柄な態度に出るのか分からなかったが、私はメニューを変更することにした。僕らはアパートで鍋をつついた。鍋の底にはくたくたになった蕪が横たわっていた。私の気持ちもそのつゆの中に埋もれていた。三人いたら仲間割れ、とよく言われることがあるが、エリはさまざまな口実をもうけて、僕らを競わせようとしていた気がする。
デザートにプリンを食べているとき、エリはイイとこゲームをやろうと言い出した。それは、お互いのイイところを褒めあって、いい気持になろう、仲良くなろう、というものだった。誰の意見か分からないように、紙に書いて投票するのものだった。
私は困った。大友さんのことは適当に褒めたが、エリをどう褒めればいいか私には分からなかった。照れ臭かったので、私は心とは真逆のことを書いた。大友さんは、エリのイイところを「カワイイところ(顔とか)」と書いていた。なんの恥じらいもない正直な感想だった。ブレーキが壊れているのか、それとも愛情表現がストレートなのかは分からないが、ただ、顔については括弧書きすることかな、と私は思った。
そうして彼はいたるところで点数とりをねらった。エリも恋心をあおった挙句に、さまざまなテストをもうけて、僕らに答えさせた。そして項目ごとに合計した点数をくらべているようだった。
「女性のどんなところにカワイイを感じる?」とエリは僕らに聞いてきた。
「うーん、メガネをとった、つぶらな瞳とか」と私。
「俺は、敵のスパイであるボンドガールが落下傘を背にしてチャイナドレスを着たまま飛び降りる瞬間の笑顔かな」と大友さん。
「えー、それはカワイイというより、エロカワイイじゃないの?」とエリはいった。我々は笑うべきところであると確信して大笑いした。 
ただ、私の笑いは劣等感を含んだものだった。恋のライバルがいると馬鹿げたことも真面目な形で心にはいりこんでくるものだ。馬鹿な意地の張り合いもした。酒に酔った勢いで、パンツを脱いで向かい合ったこともあった。ただ、この勝負は大友さんが私より一歩リードしているように思えた。私よりも上手だったのだ。まるで恥じらいというものがない彼は自分の経験談をエリに話してきかせ、自分を偉い人間に見せようとした。私もいろいろ話したが、どうも首尾がうまくなかった。脚色が多く、オチもなかった。けれど、私は言葉の遊びよりも相手との真剣な付き合いのほうが大切だと考えていたので、この不満をじっと我慢していた。

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