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227.酒に例えて話する/不味いウィスキーを作れ


※注意
今回の記事はウィスキーの知識がまるで無い方には、全く意味の分からない内容になってますので、あらかじめご了承ください。


はじめに


NHK連続テレビ小説マッサンでお馴染みのジャパニーズウィスキー「竹鶴」について、先日面白い話を聞いたので、その内容について思う事を書こうと思います。

※友人から聞いた話が本当かどうかの確認はしてないので、気になる人は調べて僕に教えて下さい。
僕はマッサンを見ていません。


不味いウイスキーを作る


まずは簡単に僕が面白いと思った話を紹介します。

主人公であるマッサンは、初期の頃から自分の理想であるウィスキーを作ることが出来ました。
しかし、そのウィスキーは日本人に馴染みがなく全く売れません。
そこで、日本人にウィスキーを受け入れてもらうために、わざと焼酎に寄せた不味いウィスキーを作る事になりました。
そのウィスキーが美味しいという事で評判になり売れたので、少しづつ自分の理想の味に近いウィスキーを販売して日本人の舌をウィスキーに慣れさせ、長い月日をかけて、ついに自分の理想のウィスキーが日本人に受け入れられるようになりました。

美味いウィスキーを売るために、客に合わせた不味いウィスキーを売る事から始めたという話ですが、これってそのまま信仰の話に転換できる気がしませんか?

この話しの「ウイスキー」を「宗教(教え)」に置き換えてみると、

素晴らしい教えなのに、相手に馴染みがなく受け入れられない。
受け入れてもらうため、相手に合わせて教えを伝える。
そうして段々教えが良いものだと分かってきたところで、本当に伝えたかった教えを伝える。

こんな感じになると思います。


酒に例えて話する


お酒を飲んだことが無い人は、どれだけ美味しいウィスキーであっても、いきなりストレートで飲むことは出来ないと思います。

いきなりウィスキーをストレートで飲む人は、酒の味がガチで分かる人(教えが理解できる人)か、それしか飲むものが無い人(医者から匙を投げられた人)だけです。

昔はストレートしか飲むものが無い人が大勢居ました。

でも今は、わざわざウィスキーのストレートを飲まなくても、他に飲めるもの(医療)があります。

ですから今は、不味いウィスキーを手頃な価格で提供して、ハイボールという飲み方を提案したりして、皆んなにウィスキーを認知してもらえるよう、努力しなくてはいけない時代だと思います。
(そもそも知られないと土俵に立てないので)


目的は美味しいウィスキーを飲んでもらうこと


僕にとって「美味しいウィスキー」と「不味いウィスキー」が何なのかと言うと、
「美味しいウィスキー」=「本当に価値のあるもの」
=「教理(教え)」=「精神面」

「不味いウィスキー」=「大衆に受け入れられるもの」
=「人助け全般」=「現実面」

こんな感じで考えています。

こういった見方をしているので、
「天理教の事を知ってもらわなくても、助かって貰えればいいじゃん」
という考えの方には両手を挙げて賛同できません。

なぜかというと、
信仰者で人助けをしている方は
美味しいウィスキーを飲み、
それが素晴らしいと思うから
需要がある不味いウィスキーを売っていると
僕は思っているからです。

ですから、
「天理教の事を知ってもらわなくても、助かって貰えればいいじゃん」
ということは、
「不味いウィスキーで満足してるから、美味しいウィスキーは飲まなくてもいいじゃん」
と言っているように聞こえてしまいます。

これは、
「美味しいウィスキーを好きになって貰いたい」
と言ってるわけではありません。
「美味しいウィスキーを飲んで貰いたい」
と言ってるんです。

人には好き嫌いもあるし、合う合わないもあると思います。

しかし、それを決めるのはウィスキー飲んだ人自身であり、自分ではありません。

親しみやすいのは不味いウィスキーですが、
人を本当に変えるのは美味しいウィスキーではないでしょうか。

ですから目的はあくまで
「美味しいウィスキーを飲んでもらうこと」
だと思ってます。

ちなみに、押し付けて飲ませるのではなく
「美味しそう、私も飲んでみたい」
と思って飲んでもらえるのがベストです。

その為には、
自分が美味しくウィスキーを飲んでいる姿を相手に見てもらうことは必須です。

まさしく
「私を見て下さい」※1
の実践だと思います。

※1 二代真柱様が仰った、信仰を伝える1番の方法


おまけ「本部が不味いウィスキー作り過ぎ問題について」


これは僕の勝手な考えですが、現在、本部が不味いウィスキーを作り過ぎている問題があるんじゃないかと思ってます。

理想としては、
本部:美味いウィスキーを作る。
教会:不味いウィスキーを作る。
こうなれば良いんじゃないでしょうか?

これは、完全に分けてしまうのではなく、どちらに重きを置くかという話しで、本部が不味いウィスキーを作ることも、教会が美味しいウィスキーを作ることも大切です。
(「災害救援ひのきしん隊」みたいにブランドになってる不味いウィスキーもあり、ここはバランスが大事で2つ1つだと思います)

ただ現状では、本部が不味いウィスキーを作り過ぎてるんじゃないかと思ってます。

これは本部だけが問題ではなくて、本部から卸される不味いウィスキーをただ売ってるだけの一部の教会にも、問題があると思います。

自分達でウィスキーを作らずに、卸されてくるウィスキーを売って教会を運営しているから、本部も不味いウィスキーを作るのを辞められないスパイラルに陥っているのかもしれません。

昨年の全教に向けられた「表統領お話し」の中に、
「各教会が光るように」
みたいな話があったと思いますが、これは完全に各教会が不味いウィスキーを作れるようになろう。って話しだと個人的に思っています。


おまけタイム


どーも!Twitterのアイコンを変えた男
ほこりまみれの信仰者こーせーです!

ふと「Twitterのアイコンが詐欺だなー、変えたいなー」って思いました。

以前使ってたアイコンはこれの顔を切り取ったやつです。

画像1


これは、スタジオアリスで子供が1歳の時に撮ってもらった家族写真を「これいいじゃん」と思って拝借しました。

しかし本日ふと、
「これは僕の素顔とめちゃくちゃかけ離れてる」
と思ったので、別の写真をアイコンにしようと思っていたところ、たまたま昨日、子供にいないいないばあをしていたムービーがあったので、それをスクショしてアイコンにすることにしました。

その写真がこれです。

画像2

まぁこれなら詐欺ってないのでいいでしょう!

アイコンになっているのは、顔の部分を切り取った画像なのですが、その画像だけではどういう状況か分からず、新アイコンが目に入った人が

「あのアイコンのシチュエーションはなんだ?気になって夜4時間半しか眠れない」

と悩みの種になってしまうと思ったので、おまけタイムで説明ようと思った次第です。


本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


ほな!







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