イルの正体|創世の竪琴・その20
「ああ、渚、魔法が使えるようになったんだな。
さすがだな。やっぱり女神ディーゼが選んだ娘だけあるな。」
青年は安心したようににっこりと微笑む。
「えっ、その言い方・・・・声は低くなってるけど・・・でも、でも・・そう言えば・・この服はイルの物だし・・・それに・・似てる・・・。」
「チュララ!」
「ララ!」
その青年の背後から出てきたのは、間違いなくあのブルースライムのララ。
「じゃ、じゃ、やっぱりあなたは・・・・・イル?」
「ふぅ・・・」
青年は溜息をつくと少し拗ねたような言い方になった。
「お前なぁ、生死を共にしてきた恋人が分からないのか?
俺がどれだけ苦労してここまでお前を守ってきてやったか・・・。」
「だ・・・誰が恋人ですって?」
渚はイルだと確信すると同時に一変に頭にきた。
そう!間違いない!目の前の青年は、イルに違いなかった。
「誰がって・・・・俺に決まってるだろ?そうでなきゃ、命の恩人ってとこかな?とにかく、拾ってやった時からお前は俺のもんなんだからな!」
「ぐっ・・・・だから、何でそうなるのよ?私は・・・私自信の物よっ!誰の物でもないわっ!ましてや、あなたの物なんかじゃ、決して、ないわっ!!」
「無駄なあがきはよしなって、村中認めてるんだからな!」
イルは完全に渚をからかい始めていた。
むきになって食ってかかってくる渚が面白かった。
「いい?私は単に黒の森の魔導士をやっつける為にあなたと行動を共にしてるのよっ!
それも頼まれたから!」
「意地を張らなくていいんだって。俺、なかなかいけるだろ?」
「ぜ~んぜんっ!」
「嘘こけっ!そういう顔してたぞ、さっき初めて俺を見たとき!」
「全然だってば!ぜ~んぜんっ!」
渚はイルに心を読まれて焦った。
ここでそれを認めてしまったら終わり・・自分の負け。
渚は、何とか話題を変えようとあれこれ思案する。
「と、とにかく、どっちが本当の姿なの?」
「ん・・まぁ、話せば長くなるんだけど、こっちが本当なんだ。
神殿に入れるのは娘と子供だけだって、前言ったよな?」
「うん。おじいさんが言ってたような・。」
「この日の為に、おじいは俺に魔法を教えると共に俺の歳を止めたんだ。」
「歳を止めるって・・そんな事できるの?」
「まぁな。何しろ大魔導士『グナルーシ』だからな。
でも、できればもう少し効いててほしかったな。
まさか地下神殿の扉の前で効力が無くなるとは、さすがのおじいも俺も予期してなかったんだろうな。
あれから苦労したんだろ、渚?」
その渚を気遣う瞳に不覚にも一瞬どきっとしてしまった渚は、それを振り払うべく慌てて早口で、思いついたまま口にする。
「イルだって・・・モンスターが山のように押し寄せてきてたでしょ?
お互いさまじゃない。でも、どうして途中で効力がきれちゃったの?
当然武具を手に入れるまでのつもりでいたんでしょ?」
「そうだ・・・だけど・・」
「だけど?・・・・」
「かけた呪術者本人が死んでしまったら・・・どんな強力な魔法でも、効力はなくなるんだよ。」
イルのさっきまで渚をからかっていた悪戯っ子の顔はすでになかった。
「そ・・・それって・・イル・・・・ま、まさか・・おじいさんは・・・?」
渚の顔からゆっくりと血の気がひいていく。
まさか、という思いで渚の頭はいっぱいだった。
「もう一度封印するって事は並大抵なことじゃないんだ。
多分おじいは覚悟してたんだろうと思う。
精神力も生命力も使い切ってしまったんだ。」
「そ、そんな・・・」
渚の目には大粒な涙が溢れてきた。
たった2日一緒にいただけだったが、とってもやさしくて渚には本当の祖父のように感じられていた。
「でもな、渚、こうして無事女神の武具を手に入れて、きっとおじいも喜んでいると思うな。
あとは、黒の森の魔導士をやっつけさえすれば。」
「う・・ん、そうね。そうよね。」
悲しいが、ここは気持ちを切り替えなければと渚は自分に言い聞かす。
それは、淡々と話すイルも同じのはずだから。
『そのことなのだが・・・』
周囲に響くような声で2人の会話を遮ったのは、渚をここまでつれてきた聖獣の声だった。
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